作家・雷斗と書生・晴幸

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 小走りに走ること数分、漸く暮れた太陽と引き換えのように、西の空にぼんやりと月が顔を見せた。雲の切れ間に随分と欠けて物悲しい風情で、まるで今の晴幸の心情を写すようだった。    数日前から雷斗が執筆に難儀していることは承知の晴幸だった。だからこそ、妨げにならないよう、気持ち良く、穏やかに執筆して貰うよう努めて来たはずだったのに思わぬ処で雷斗の気持ちを荒立ててしまった。   「なんで気付かなかったんだろう……」  背中を流れる汗に不快を思いながら晴幸は悔やんだ。ポケットの中でインク瓶を握り締めた晴幸は、あの日『弥勒堂』でこれを買い求めた時のことを思い浮かべた。   最後の一つだった── eaff52fe-1735-44d6-a10b-b2bb83d1a64c  ラベルに傷が有ったが、気にも止めず買ってしまった。店の主人が気を利かせ、『来週頭には、新しい物が並ぶ』と待ったを掛けてくれたが、まさかインクを切らす訳には行かないと購入したのだ。   「番号が違うなんて、思いもしなかった──」  裏を返せばそこに小さくはあるが、『7』と記されていた。晴幸の確認不足は否めない。  雷斗が使うのは『弥勒堂ブラックの№1』だけ。晴幸が書生として売れっ子作家四万城 雷斗(よもぎ らいと)の屋敷へ入って早二年、一度たりとも変わること無く──。雷斗が何依りもインクに拘りを持つことも熟知していた。書生についた当初から『インクだけは間違え無いように』と念も押されていた。
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