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入学式 ②
「伊…織…」
伊織の手はサラサラなのに、俺の手は手汗が酷いし、まだ名前呼びも全く慣れない。
でも無言のまま進んでいく伊織のことが気になった。
さっきまで、あんなに楽しそうに笑っていたのに、今の伊織の背中からは、ピリピリとした感情が伝わってくる。
俺、何かしてしてしまったのだろうか…。
それとも俺と知り合いだったから、もう嫌な思いをしてしまったのか…。
このまま俺と一緒にいたら、伊織も変な目で見られる。
せっかくの伊織の大学生活を、壊すことになってしまうかもしれない…。
今まで、こんな俺だが友達になれそうな奴もいた。
だけど、俺と仲良くすると、不良に間違われて、絡まれたり、変な目で見られる。
そうなるぐらいなら、いっそ1人の方がいい。
「伊織…、俺と一緒にいて…大丈夫なのか?」
和がそう言うと、さっきまで黙ったまま進んでいた伊織がピタッと足を止めた。
「どうして?」
「どうしてって…、俺、こんな顔だしさ、みんなに怖がられてるから、俺といたら伊織も変なやつに見られるんじゃないかなって…」
こう言うことは、早いうちに言っておくのがいい。
「見られないよ。だって和さんは、いい人だもん」
真っ直ぐな瞳で伊織は言う。
「和さんは優しいくまさん。くまさんは体が大きいから、初めはみんなびっくりするけど、本当の姿を知ったら、みんな友達になりたいって思うよ」
「…」
「僕、あそこで他の人たちが、和さんのこと変な目で見てるの、本当に嫌だった。和さんのこと、何にも知らないのに、失礼だよ!」
伊織は1人でプリプリ怒り出す。
「本当に和さんのこと、何もわかってない!そうだと思わない?」
同意を求められたが、今まで怖がられるのが当たり前だった和には、よくわからない。
「どうだろう…」
和が苦笑いすると、
「和さんまでそんなこと言って!こんなに優しいのに、そんなこと言ったらダメだよ」
伊織が頬を膨らませ怒るので、和は「あはは」と笑ってしまった。
「伊織にそう言ってもらえて、嬉しいよ。ありがとう」
いつもは言えない素直な気持ちが、和の口から自然と出てきて、自分自身が一番驚いた。
いつもは自分の気持ちなんて、隠していたのに、伊織といると調子が狂う…。
これがいいことなのか、悪いことなのか、分からないが、幼い頃にもこの温もりを知っていたような…、伊織とは初めて会った気がしない。
「伊織、俺たち、どこかで…」
そこまで言って、和は『まさかな…』と続きを言うのをやめた。
「ん?」
伊織が首を傾げると、
「なんでもない」
和は言葉を濁した。
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