本編

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とある日の朝、起きると、無機質な電子音がなる。 それは俺にメール着信を知らせる。 差出人は高橋 悠だった。 メールの内容は「いいけど、直接電話で説明して欲しい」 そういう内容だった。 仕方ないので電話帳から悠の番号を呼び出し、コールする。 5コールくらい鳴らす。 【悠】 「もしもし、明?ボクだけど」 受話器の向こうで悠が話している。 【明】 「俺だ、それでメールの件なんだけどさ」 悠に分かりやすいように説明を始める。 事の発端はソーシャル・ネットワーキング・サービス。 通称SNSと言うやつだった。 そこで、ある日の日記で俺は大げさなくらいお国自慢をした。 それに食いついたフレンドがいた。 それが事の発端。 相手は女性、自分と同い年。 俺の地元である山形の自然が見たいとのことだった。 そこで、女性の代役として悠にお願いして、デートの練習をしたい。 そういった内容のメールを送ったのだった。 といった内容を悠に話す。 【悠】 「それで、何でボクなのさ?」 【明】 「いや、それはだなぁ、よく考えてみろ?俺だぜ?」 【悠】 「そんなに異性の友達がいないんだって威張られてもねぇ」 【明】 「仕方ないだろ、俺は口下手って言うか、そういうのって今まで縁なかったし」 【悠】 「うん、それは知ってるよ、それで、ボクとデートして、その女の子のハートもゲットしたいと、そういうわけだ」 【明】 「まぁ、そうなるかな?」 【悠】 「もぉ、自分でデートスポット調べるとかできないかなぁ?」 【明】 「行くところは決まってるんだけど、なんと言うか一人で行っても実感がわかないと言うかだな」 【悠】 「だからボクと一緒にいきたいってこと?」 【明】 「そうなるかな」 【悠】 「もー、それでいつとか決めてる?」 【明】 「全然、そういえば俺と悠のシフトで休み合う日っていつだっっけ?」 【悠】 「んーシフト表見る限り再来週だね」 【明】 「じゃあ、その日で頼むわ」 【悠】 「分かったあけとくよ、ちゃんとうまく行ったらお礼はしてよね?」 【明】 「分かった、考えとくって」 【悠】 「再来週って言うともう4月も終わりに近いけど、どこ行こっか?」 【明】 「そうだなぁ、花見なんてどうだ?」 【悠】 「まだ、咲いてるかな?」 【明】 「ネットの予報だとそのくらいが見ごろだって」 【悠】 「そっか、それじゃあ予定空けとくよ」 【明】 「悪いな、うまいなにかおごるからさ」 【悠】 「なにかってまたテキトーなんだね」 【明】 「まぁ、その辺は気分次第ってことで」 【悠】 「うん、分かったよ」 【明】 「それじゃあ、よろしく」 【悠】 「わかった、おやすみぃ」 【明】 「ありがと、おやすみ」 交渉成立。 電話を切りながらカレンダーに丸をつける。 そしてその日に向けて俺はデートプランなどをねり始めていた。 俺が住んでいるのは山形県T市。 人口10万人程度の田舎町。 旧市内と呼ばれる一部の寂れた都市部以外は広大な自然が広がる。 旧市内と呼ばれているのは、T市とさまざまな町と村が最近合併し、新T市になったばかりだからだ。 だから合併前のT市を旧市内と呼んでいるという事になる。 仙台や新潟と比べれば人口も少ないし。 商店街もシャッター通りになりかけている。 老人の比率も多く。 過疎化と少子化が深刻な、日本にならどこにでもある田舎町である。 自分の忠実なしもべ、グーグル先生を使いながら色々下調べをしていく。 最寄のお花見スポット。 T公園の花の見ごろがちょうど悠との模擬デートと重なる。 となり町のS市のH公園も同じく見ごろ。 どちらにするかしばし悩んだあと、どちらも付き合ってもらおう。 そう決めてから、歯を磨き、布団に入る。 今、俺はどことなく緊張していた。 もし自然が見たいと言っていたあの人が実際にきた時にうまく案内できるだろうか? それを心配していた。 まぁ、それを今から気にしても仕方ない。 自分にできるのはまず意外に知っているようで知らないこの地元の街の良さを知ること。 それが先決、そう感じていた。 ……………… ………… …… それから半月ほどして、いよいよ悠との模擬デート当日となる。 相手が悠とは言え、できるだけのおしゃれをして。 デートに行く。 ちょうど着替えが終わり。 帽子をかぶったくらいで、家の呼び鈴がなる。 悠ちゃんが来たよとばあちゃんの声が聞こえる。 今行くと返事しながら、玄関に行くと悠が待っている。 薄手のベージュの長袖ニットに水色ワンピースを着ている。 足元もおしゃれなスニーカーを履いていた。 【悠】 「おはよう」 【明】 「おはよう」 挨拶してからすぐに俺から話を始める。 【明】 「今日は悪いな、休みなのに」 【悠】 「いいよ、どうせ暇だったし、それで、今日はどこに行くの?」 【明】 「そうだな、まずは近くのT公園にいこっか?」 【悠】 「そか、だったら車でこなくてもよかったかもね」 【明】 「そのあと、となり街のH公園にも行きたいから、その時に頼むよ」 【悠】 「うん、わかったよ」 【明】 「それじゃあ、T公園すぐそこだし、行こっか」 【悠】 「うん」 そのまま前に進むと早速悠からダメ出しだしされる。 【悠】 「もぉ、デートなのにボクを置いてくの?」 【明】 「……あ……」 その言葉になんとなく意味を察する。 【明】 「手なんか繋いでもよろしいでしょうか?」 【悠】 「何でそんなに敬語なのさ?」 【明】 「やっぱり緊張すると言うか、なんと言うか」 【悠】 「そんなんじゃ女の子としてはキョドってると思われるよ?」 【明】 「じゃあどうすればいい?」 【悠】 「もっと自然に」 【明】 「行こうか?」 そういって手を差し出してみる。 【悠】 「んー、5点」 【明】 「ごめん正解が分からない」 【悠】 「仕方ないなぁ」 悠は咳払いしながらお手本を見せる。 【悠】 「近くですから一緒に行きましょう、さあ」 悠はそう言いながら既に手を握っている。 【明】 「え?いきなり握るの?」 【悠】 「あのね、改めて聞かれると握りにくいもんなの、自然に握れば頼もしく見えるもんなんだよ」 【明】 「へぇ~」 【悠】 「関心してどうするの?それにボクにエスコートさせる気?」 【明】 「いやいや、案内するよ」 【悠】 「よしよし」 悠の手を引き、T公園に向かって歩き出す。 【明】 「…………」 【悠】 「…………」 春の心地よい日差しを感じながら歩く。 悠はこうしてみていると、本当に女子のようである。 悠は、小さな手、細い指、低い身長。 女性のような愛らしい声だが。 悠は男としてこの世に生を受けている。 だからこうやって緊張しないで手なんか繋げているけど。 なんかこう沈黙が続くとなんだか妙な気分になってくる。 まるで女性と緊張しながら歩いているような。 そんな錯覚すら覚えていた。 【悠】 「ストップ」 【明】 「ん?」 【悠】 「ん?じゃないわよ、黙って女の子の手を引かれて喜ぶのは恋人になった相手くらいなんだからね?」 【明】 「そっか、俺はどうすればいい?」 【悠】 「その意中の相手はどんな人なんだっけ?」 【明】 「ネットの知り合いで、今度初めてこっちに来るかもしれない人」 【悠】 「でしょう?少しは地元アピールしないと」 【明】 「なんで?」 【悠】 「相手にしてみれば知らないことばっかりなんだから、少しくらい教えてあげてもいいんじゃない?」 【明】 「それもそうか、黙って歩くのってやっぱり感じ悪いかな?」 【悠】 「ボクがその人だったら嫌だなぁ」 【明】 「そっか、じゃあ、何を話せばいいだろう?」 【悠】 「色々あるじゃん、ここってどんな街?」 【明】 「古くは城下町で、お城があって、その跡地が今行く公園です」 【悠】 「よくできました」 【明】 「これでいいのかな?」 【悠】 「うん、自然に触れに来たってことは、そのくらいの簡単な歴史くらいは知りたいんじゃないかな」 【明】 「そんなもんなのかな?」 【悠】 「ボクはそのほうがいいかなって言うだけ、知らない街に行くんだったらね」 【明】 「そっか、もっと調べた方がいいのかな」 【悠】 「そこまで詳しくはいらないけど、無言で歩かれると不安だと思うの」 【明】 「不安?」 【悠】 「緊張されてるのかなって思うと人って気を使うものだと思うから」 【明】 「なるほど、勉強になる」 【悠】 「明って本当にそういうのは苦手だよね」 【明】 「自慢じゃないが、今まで女子とどこかに行ったことなんて一度もないぜ」 【悠】 「ははは、それは自慢にならないよ」 【明】 「だな」 そんな会話をしながら公園の堀のところに出る。 左手には博物館。 横断歩道を挟んでそこには公園のさくらが広がる。 【悠】 「わぁ、ちょうど満開だね」 【明】 「すごくいいタイミングで来たかもな」 【悠】 「だねぇ、明ちょっと止まってもいい?」 【明】 「うん」 手を繋いだまま止まる。 公園の堀の橋の上だった。 堀の左右にずらっと並ぶ桜並木。 そんな景色を悠は携帯で撮影している。 その情景を見ながら悠はしばらく桜に見入っていた。 ポケットから携帯を取り出すと悠はその風景を写真に撮り。 俺の手を引く。 ちょうど堀沿いの細い小道に連れていかれる。 そこには狭い小道に見事なまでの桜並木が続いている。 【悠】 「ここだぁ」 悠はそう言いながら引き続き写真を取っている。 どこか嬉しそうな表情で桜並木を撮影すると携帯をポケットにしまってこちらを見る。 【悠】 「ごめんね、どうしても見たかったの」 【明】 「何か特別なところなのか?」 【悠】 「うん、去年見た映画のロケ地なんだよ」 【明】 「こんな田舎でもロケなんてやるんだね」 【悠】 「ほら、藤沢先生の映画だから、縁の地でしょ?」 【明】 「なるほど、最近藤沢先生関係の映画多いしね」 【悠】 「確かにね、そういうところも来たときに教えてあげると意外によろこぶかもね?」 【明】 「そっか、ありがとう、覚えておくよ、なんていう映画?」 【悠】 「わすれたから、後でメールする、今度一緒に見る?」 【明】 「いいよ、今度借りてきたら教えてくれよ」 【悠】 「わかった、それじゃあ、屋台とか見てみる?」 【明】 「よし、行こうか?」 手を繋いだまま堀の脇を通り抜け。 屋台が並ぶ散策道にでる。 さっきよりも多い数の桜が一面に広がっている。 薄桃色の花びらをひらひらと散らせながら。 桜が咲き誇っている。 【悠】 「それで、その人、どんな屋台が好きなんだろう?」 【明】 「そうだな、日記でよく甘いものの記事とか書いてるよ」 【悠】 「そっか、じゃあねぇ」 悠が俺の手を引きながら先導し始める。 散策道を奥まで突っ切り。 広場に出る。 広場の入り口付近にある一軒のクレープ屋のテント。 そこでは40代位のお姉さんがクレープを売っている。 【悠】 「今年はここだったか」 【明】 「あのクレープ屋さん?」 【悠】 「そうそう、あのお店ね、この花見だけじゃなくて、S市の祭り、ここの5月の祭りにも出てる有名なクレープ屋さんなんだ」 【明】 「へぇ」 【悠】 「覚えた?」 【明】 「覚えた!」 【悠】 「よし、次はね」 どこかに行こうとする悠の手を引っ張って引き止める。 【明】 「食べなくていいの?」 【悠】 「え?」 【明】 「見るだけでいいいの?」 【悠】 「食べていいの?」 【明】 「せっかくだし」 【悠】 「そっか、じゃあ、お言葉に甘えて」 今回のお礼も込めてクレープをおごる。 王道のチョコバナナを二つ。 利用してわかった事は、お姉さんは感じが良いし。 提供までの時間は短いし。 チョコなんかのトッピングもおしゃれだった。 その出来上がったクレープを見ながら悠がおすすめする意味も分かった気がした。 【悠】 「次はねぇ、神社の方なんだけど」 【明】 「あっちに何かあるの?」 【悠】 「あっちはねぇおすすめスポットかなぁ」 【明】 「おすすめ?」 【悠】 「うん、まぁ、人の好きずきにもよるんだけどさ」 【明】 「一応見に行ってみよっか」 【悠】 「それをおすすめするよ」 悠に手を引かれ公園内にある神社へと向かう。 その途中、あそこの屋台がおいしそうだとか。 あそこの屋台を二人でチャレンジしたら盛り上がるんじゃないか? そんな事を気ままに話しながら、二人で歩いていく。 数分して神社の前に着く。 神社の鳥居の奥に広がっている屋台の列。 その周りで綺麗に咲いている桜。 神社の建物と桜が織り成すそれは神々しい風景だった。 【悠】 「どうかな?少し年寄りくさかったかな神社とか」 【明】 「俺もこの景色が好きってことは年寄りなのかな?」 【悠】 「気に入ってくれたならよかった、きっとその相手の女性も喜んでくれると思うよ」 【明】 「そだな、良いとこ教えてくれてありがとな」 【悠】 「どういたしまして、次はH公園?」 【明】 「付き合ってもらって良い?」 【悠】 「いいよ、今日は一日空いてるし」 【明】 「ありがとう、それじゃあ家まで戻るか?」 【悠】 「そうしよっか」 神社のすぐ近くの歩道に出る。 そこからは人で混雑している公園の中を迂回してさっき悠が写真を撮っていた。 公園入り口の橋までグルッと回って帰れる。 手を繋ぎながらその歩道をゆっくりと歩き始める。 【悠】 「どう、何か発見はあったかな?」 【明】 「そうだなロケ地とか神社の風景とか、あの写真撮ってたところとか」 【悠】 「ふふふ、ほぼ全部じゃん」 【明】 「いや、だって男一人で花見なんてめったに来ないしさ」 【悠】 「でも、一緒に来る相手がいると気合が入るって言うやつ?」 【明】 「それも有るけど、普段来たとしても屋台にばっかり目が行ってたかな」 【悠】 「花よりだんごってやつだね」 【明】 「そういわれると恥ずかしいけど、その通りなんだよな」 【悠】 「でも仕方ないのかもね、どこの食べ物もおいしそうだし」 【明】 「お金があれば食べ歩きしたいのはあるかもね」 そうはなしながら歩いていると不意に悠が止まり自分の反対側にきてまた手を繋ぎなおす。 【明】 「どうしたんだ?」 【悠】 「だって、ここの横断歩道渡ったら、ボクが車道の方に近づくでしょう?」 【明】 「うん、そうなるな」 【悠】 「女の子って自分が車道側に行かないように気を使ってくれる男の子に魅力を感じるんだって」 【明】 「へぇ、悠はやっぱり車道側を歩くのって不安?」 【悠】 「ボクはそういう事はないけど、女の子ならきっと喜ぶと思うよ」 【明】 「そっか、参考にするよ」 【悠】 「自然にできるのがポイントなんだって」 【明】 「自然に、か」 【悠】 「そう」 【明】 「心がけるようにするよ」 【悠】 「うん、がんばって」 そんな風にアドバイスを受けながら、鶴岡公園をあとにする。 自宅に着くと、悠の愛車のエンジンがかけられる。 自分はその車内で悠が来るのを待つ。 悠は、少しメイクなんかを直してから。 車に乗り込んだ。 【悠】 「それじゃあ、次はH公園かな?」 【明】 「うん、どこか寄りたいところとかある?」 【悠】 「特にないかな、まっすぐ行っていいよね?」 【明】 「それじゃあまっすぐ頼むよ」 【悠】 「了解」 悠はゆっくりと愛車の軽自動車を発進させる。 車内はぬいぐるみや小物が飾られ。 パネル近くにはティッシュやさまざまな便利グッズが置かれ。 こうやって乗っている限りでは。 女性の車に乗せられているようなそんな感覚だった。 悠がHDDデッキを操作しながら、ドライブでかける曲を選んでいる。 やがて、独特のリズムが聞こえ始める。 【明】 「これは、ラップ?」 【悠】 「ううん、レゲェ」 【明】 「俺はよく知らないかな、なんてアーティスト?」 【悠】 「ショーン・ポール」 【明】 「よくわかんないや」 【悠】 「海外では人気なんだけどねぇ」 【明】 「悠は洋楽詳しいよね」 【悠】 「ボクはそういうのが好きだからね、明は普段は何聴いてる?アイドルとか?」 【明】 「そうだなぁ、普段からラジオが多いからなぁ」 【悠】 「そっかぁ、こういう海外のアーティストも楽しいよ」 【明】 「今度なにか聞いてみようかな」 【悠】 「ボクが持ってるのだったらいくらでも貸すよ」 【明】 「そうしようかな、国内ばかりじゃなくて外国の音楽も聞いてみようかな」 【悠】 「それがいいと思うよ、ドライブ中の車内で熱烈なラブソングとか、ちょっと気まずいと思うし」 【明】 「そっか、それは気がつかなかったなぁ、それにしても、気を使わなきゃいけないことって多いね」 【悠】 「そう?ボクは別に普通のことしか言ってないけどなぁ」 【明】 「そっか、俺が今まで恋愛とかに無頓着すぎたのもあるのかもね」 【悠】 「それはあるかもね、明はそのネットの人以外で好きな人とかっていないの?」 【明】 「好きな人なぁ、あんまり考えたことないかなぁ」 【悠】 「そっか、でも今回は特別って事?」 【明】 「特別ってわけじゃないけど、せっかく山形まで来てくれるのに、とか思っちゃって」 【悠】 「なるほどねぇ、それじゃあボクも気がついたことがあったら言うようにするからさ」 【明】 「うん、よろしく頼むよ」 そんな風に会話しながらH公園に向かって悠の車で向かう。 表通りの国道は使わない。 裏道を通って、となり街を目指す。 俺は春の風景を見ていた。 そろそろ田植えを始めようと田んぼを見ているおじいさん。 既にトラクターに乗って作業を始めている人。 そんな小さな時からよく見る情景を見ながら悠のことを考えていた。 悠とはじめていつ会ったか? そんなのは記憶にないほど昔のことだったと思う。 親の話によるとかなり小さい時。 小学校も学区が同じ。 中学も学区が同じ。 高校もたまたま一緒の高校だった。 悠は小さな時から女の子の服を着て。 髪を背中まで伸ばし。 いつでも女の子のような趣向。 女の子のような性格でこの20年近くを生きてきている。 そんな悠に初めて問題が起こったのは中学の時。 中学ともめたのだった。 悠は女子の制服を着て登校したい。 でも学校は男子生徒ですので。 ということで少し、もめたらしい。 でも、最終的には悠は女子の制服を着て登校した。 悠は男の体を持ちながら。 性同一性障害と闘っている。 そんな事を強く感じ始めたのは中学に入ってからだった。 それ以降、特に問題もなく。 悠の人生は山形の一人の女性として歩まれる。 声変わりの時期もボイストレーニングで乗り切り。 骨太になりつつある体はホルモン注射によって女性らしい体つきになった。 それでも、今は俺も悠も同じコンビニで働いているフリーター。 卒業後に大きな金もなく。 性転換手術までは行っていない。 ときたま、悠の家にマンガなんかを読みに行った時なんかは。 悠がよく熱心に性転換手術の本や資料を読み漁っていることが多い。 俺はそれを横目に見ながら、いつも何かを追求することはない。 なぜなら、悠の気持ちがなんとなく伝わってきているからだ。 俺の身近に居るどん女性よりも、女性になりたいと願うその気持ちが。 【悠】 「ん?どうしたの?おしっこ?」 【明】 「いや、違うけど」 【悠】 「そっか、どしたのボクのことじっと見て」 【明】 「回想してた」 【悠】 「なにそれ?」 【明】 「悠って小さな時からずっと女の子だったなって」 【悠】 「ふふふ、ありがと」 【明】 「それ思い出して無意識に見てたのかも」 【悠】 「やっぱり、女の子のかっこしてる男の子って変かな?」 【明】 「俺は小さな時から悠みてるし、そうは思わないな」 【悠】 「ボクは変だと思うよ」 【明】 「え?」 【悠】 「どうしてボクは男に生まれたんだろうって、心はこんなにも女なのに変だよって、いっつも思うけどな」 【明】 「やっぱり、女に生まれたかったって、悠はその気持ちが強いんだな」 【悠】 「うん、明はそう思ったことない?」 【明】 「俺はないかな、小さな時から男らしくしなさい、男の子なんだからって育てられたし」 【悠】 「ボクもそうだったんだけどね、どうしても受け入れられなかったの、それで幼稚園の時にお母さんに言ったら、こうやって女の子になることを許してくれた」 【明】 「ウチじゃあんまり考えられないかも」 【悠】 「ボクも不思議だったんだよ、何で自分が男なのか?近所の女の子と同じようにお花が好きで、可愛いスカートや、お洋服が好きで何でボクは男なのかなって」 【明】 「それでその謎が解けたのか?」 【悠】 「その謎が全部解けたのは中学になってからかなぁ、性同一性障害ってのがあって自分それなんだって分かった時にその心のもやもやの原因が分かったよ」 【明】 「中学の時は男らしくなるのをすごく嫌ってたもんな」 【悠】 「うん、でも、家族の理解もあったから何とか今みたいに過ごせてる感じじゃないかな」 【明】 「初対面の人なら絶対女だって思うよな」 【悠】 「コンビニでも女性従業員扱いだしね」 【明】 「店長と俺くらいしか真実はしらないしね」 【悠】 「うん、だから、ボクはこのままでもいいと思ってるよ体は男のままでも、女として生きれるならそれで」 【明】 「俺にはよく分からないけど、すごい覚悟だよな」 【悠】 「そうかな?ボクにとっては普通のことなんだけどね」 そんな会話で少し盛り上がっているうちに。 S市内に入る。 交通標識に従ってH公園を目指して車を走らせていく。 【悠】 「ボクを本当の女の子だと思って今回の模擬デートに誘ってくれたの?」 【明】 「半分はそうだけど、半分は違うかな」 【悠】 「半分ってなぁに?中途半端だなぁ」 【明】 「半分は女心が分かってるだろうなって部分で誘ったから当たりなんだけど」 【悠】 「あと半分は?」 【明】 「昔からよく知ってるから誘いやすかったってのが一番かな?」 【悠】 「なんだぁ、気合入れておしゃれして損したなぁ」 【明】 「なんだ?俺に口説かれることを期待してるのか?」 【悠】 「え?明ってそういう趣味あったの?」 【明】 「いやいや、もしもの話だって」 【悠】 「そうだよね、普通の男の子は女の子に興味があるよね」 【明】 「それはそうだ、でも口説かれたいなら、口説いてみようか?」 【悠】 「うん」 【明】 「これからデートでもどうですか?」 【悠】 「なにそれ?今してるじゃん」 【明】 「それもそうだな」 【悠】 「…………」 【明】 「…………」 【悠】 「フフフフ、これくらいで諦めてたら本物の女の子口説くの大変だよ?」 【明】 「そうなのかな?」 【悠】 「そうだよ、他にも色々あるじゃん、好きなところ行きませんか?とかここに行きたいんですけど、付き合ってもらえませんか?とかさ」 【明】 「ああー」 【悠】 「二人でゆっくり話せるところに行かないと、二人の距離は遠いまんまだよ?」 【明】 「なるほどなぁ、参考になるよ」 【悠】 「どういたしまして、本当に明はそういうことになるとビギナーだよね」 【明】 「一度もそういうこと無かったからな」 【悠】 「それは自慢にならないって」 そんな風にたわいもない恋愛談義をしている間に。 H公園につく。 混んでいる駐車場に入り誘導員の指示に従って駐車すると。 二人で車を降りて、公園の桜があるところを目指して、階段をのぼる。 そして少し小高い丘に着くとそこには花見が楽しめる少し広いスペースがある。 後から来た悠は、なにやら手に敷物と。 かごを持っていた。 【悠】 「もう、手伝ってくれないなんて酷いし」 【明】 「ごめんな、人ごみだったから、邪魔しちゃいけないと思って」 【悠】 「それもそっか、でも重い荷物を女子に持たせっぱなしって言うのも、よくないよ」 【明】 「わかった、これから気をつけるよ」 【悠】 「よろしい、それじゃあ、お昼にしようか?」 【明】 「うん」 悠はそう言いながら手早く空いてる所にシートを敷き始める。 その上に風で飛ばされないようにしてランチボックスを置いてあっという間に準備は完了してしまった。 【悠】 「さぁ、いっぱい食べてね」 そう言いながらランチボックスになっているカゴからさまざまな昼食が出てくる。 玉子焼き、ウィンナー、サラダ、春巻きなど、一つのボックスはオードブルになっている。 そしてもう一つのボックスにはサンドウィッチがびっしり入っていた。 【悠】 「卵と、ハム、チーズの三種類だよ」 【明】 「おおー、うまそう、悠の料理食うの久しぶりだな」 【悠】 「そうかもね、高校の時は毎日明のお弁当作ってたんだけどね」 【明】 「そうだったよな、高校の時はそれでずいぶん助かったよ」 【悠】 「毎日全部食べてくれたから作り甲斐もあったなぁ、そう考えると」 【明】 「おいしかったしね、気がついたら全部食べてたな」 【悠】 「そっか、それはうれしいなぁ」 【明】 「今はコンビニで働くようになったから、そのお弁当も食べるの減ったし、なんか懐かしいな?」 【悠】 「懐かしい?」 【明】 「うん、高校のお昼は毎日食べてたし」 【悠】 「おふくろの味みたいな?」 【明】 「近いかなぁ」 【悠】 「なにいってるの?産んでないよ?」 【明】 「それを言われてしまうと、そうなんだけどな」 そんな風に話をしているうちに二人でランチボックスを空にしてしまう。 悠はランチボックスを片付けながら、ふと空の方を見上げながら言う。 【悠】 「この公園はこの灯台と桜の景色がなんともいえない絶景だよね」 【明】 「そうだな、ここにしかない風景だよな」 【悠】 「うん」 その返事を聞いてからしばらくは、二人とも話さなかった。 ただ、しばらくその灯台と桜が織り成す景色を見つめていた。 見つめ続けているだけで悠と二人でいるこの時間が模擬デートの中でも、一番デートらしい時間になっているなと。 そんな風に感じた。 二人で数分間。 そのきれいな景色を眺めたあと。 【悠】 「ボクは好きだな、この景色」 そうポツリと言う。 【明】 「俺もきれいだと思うよ」 【悠】 「だよね、来年はその意中の人と来るの?」 【明】 「わかんないまだこっちに来る日取りも決まってないし」 【悠】 「そうなんだ、また来年も一緒に来たいなとか思うんだけど良いかな?」 【明】 「多分空いてると思うから、いいよ」 【悠】 「ありがと」 【明】 「さて、そろそろ夕方になるし帰らないか?まだ見ていたい?」 【悠】 「じゃあ写真だけ、撮ってく」 悠はそう言いながら携帯を取り出して写真を撮影する。 【悠】 「じゃあいこっか?」 【明】 「うん、敷物たたむな」 【悠】 「手伝う」 【明】 「ありがとな」 二人で帰る準備を終わらせると、駐車場に戻り車を家のある地元方面に走らせる。 でも車は大通りを通らず一本裏道になる空港の近くを走っている。 悠はこの道が好きなのかなと思いながら、車の行く先を見ていると。 その車は空港の緩衝緑地公園へと入っていく。 【明】 「どうした、トイレ?」 【悠】 「ううんそろそろだから、行こう」 悠はそう言いながら俺の手を引き緩衝緑地の奥に歩き始めた。 【悠】 「もうすぐ六時でしょ?」 【明】 「そうだな」 そう答えた瞬間に後ろから飛行機のエンジンの音が聞こえてくる。 少し暗くなり始めているからか。 翼や機体の前の電飾が輝いている。 【悠】 「好きなの、着陸する飛行機見るのが、キレイだから」 【明】 「なんか男の子みたいな趣味もあったんだな」 【悠】 「そうでもないかも、ボクは飛行機が好きなんじゃなくて、あの照明が好きなんだよね、なんだか幻想的で」 【明】 「キレイな光が好きか」 【悠】 「うん、おかしいかな?」 【明】 「そんなことは無いと思う、きれいなものはみんな好きだと思う」 【悠】 「そっか、安心した」 悠はそう言いながら俺の手をそっと握った。 俺は何も言わなかった。 そして手を握ったまま飛行機を見つめ、悠は少しずつ語り始める。 【悠】 「あの飛行機が滑走路に着陸したら、この模擬デートも終わりなんだね」 【明】 「今日は一日悠に付き合ってもらったんだし、もう少しくらい悠に付き合ってもいいよ?」 【悠】 「やっぱり少しだけだよね」 悠が悲しそうにつぶやく。 【明】 「もっとデートして遊びたきゃ、また誘ってくれれば、俺はいつでも付き合うよ」 【悠】 「そうじゃない、そうじゃなくて」 【明】 「そうじゃなくて?」 【悠】 「ボクとは幼馴染、男の友達としてしか見てくれないのかなって話」 【明】 「そ、それは、悠は女の心を持ってるけど、男なんだし」 【悠】 「やっぱり、彼女とはエッチできなきゃ付き合えない? 体が男なボクとだったら、やっぱり恋人になんてなってくれないよね」 【明】 「悠、それはつまり、どういうことなんだ?」 【悠】 「ボクはずっと抑えてた、このことを言って明がボクを嫌うんじゃないかって、ずっと黙ってたって事だよ」 【明】 「俺は悠に愛されているってことなのかな?」 【悠】 「でも嫌でしょう?男と恋人になるなんて、将来子供も残せないボクと付き合うのなんて嫌だよね?」 【明】 「俺はそうは言ってないだろ?」 【悠】 「言ってないだけで、やっぱり男同士で恋愛なんて、ダメだと思う、だからボクは同じ職場にいていつか手を繋いで歩ければ、それがずっと夢だった」 【明】 「つまりは今日はその夢が叶ったって話か」 【悠】 「ボクもそれで満足するはずだった、でも違った、こんなに優しくしてくれる明とならもっと距離が縮まるんじゃないかって、妄想し始めてて」 【明】 「………」 【悠】 「でも、怖かった、嫌われるのが、でも、何も言わないで黙ってる方がもっと辛かった、だから好きだって伝えたかった、それだけだよ」 【明】 「そっか」 【悠】 「気が済んだよ、もし嫌なら忘れても良いから、聞いてくれてありがとう」 悠はそういって俺から手を離した。 俺は、そのまま悠がどこかに消えてしまいそうで。 怖くなって、とりあえず悠の手を引っ張って悠を引き寄せる。 【悠】 「え?」 悠が短く声をあげる。 その声を聞きながら。 このまま悠との仲が壊れないように。 後ろから優しく抱きしめる。 【悠】 「明?」 【明】 「そうやって抱え込むなよな」 【悠】 「うん、なんか嫌われるって思ったら怖くてさ」 【明】 「それはなんとなく理解するよ、好きな人にイヤだって言われるのを想像しながら告白するのって怖いよな?」 【悠】 「……うん……」 【明】 「今すぐは悠のことを恋人にできるって断言はできない」 【悠】 「そうだよね」 【明】 「でも、それは悠が男だからじゃなくて、今まで身近な存在だった悠に告白されて迷ってるからだ」 【悠】 「迷うって?ボクは男だよ?」 【明】 「でも、悠は今まで俺が好きだったんだろ」 【悠】 「うん」 【明】 「だったらさ、女の人から告白されるのでも、男の人から告白されるのも、その気持ちを何も考えないで踏みにじるって酷いと思うんだ」 【悠】 「そこまで考えてくれるの?」 【明】 「当たり前だろ、知らない男の人にいきなり告白されれば断るかもしれないけどさ」 【悠】 「明、無理はしなくて良いんだよ?」 【明】 「無理はしてない、ただ時間をくれないか、絶対返事するから、一週間以内に」 【悠】 「うん、分かった」 【明】 「そろそろ家に戻ろう、気持ちが固まったらまた連絡するから」 【悠】 「うん、分かったよ、ありがとう」 抱きしめて捕まえていた悠を解放し。 手を繋ぎ直すと、二人で車に戻る。 家に帰るまでの帰り道。 二人とも緊張して口をあまりきかなかった。 俺を家の前で降ろすと、悠はおやすみとだけ言って家に帰っていった。 俺は部屋に戻ってからドキドキしている心臓を落ち着けながら悠とのこれからを。 しばらく考えた。 ……………… ………… …… 一週間と言いながら3日もしないうちに、デートに誘っていた。 つまりは、気持ちが固まったのだった。 さまざま考えた。 悠の気持ち。 俺の気持ち。 それでさまざま考えた結果。 悠と付き合うことを了承した。 最初は不安だった。 男同士の付き合いで、親友の壁が越えれるか。 悠が望むことを全て叶えてあげられるか。 三日の間、すごく悩んで、いくら考えても。 どうしても、その壁を越えれるとか。 幸せにできると考えには至らなかったけれど。 でも最終的には悠の気持ちに押し切られる形となった。 悠が空港で見せたあの表情。 聞いているだけで伝わってくる真剣さ。 俺は最終的に拒む理由は無いと思っている。 だって、好きだという気持ちが伝わってきたからだ。 俺はそんな悠を今日はデートに誘った。 場所は海辺にある水族館。 世界で一番大規模なクラゲの展示がある水族館。 他にも色々なデートスポットで悩んだけれど。 ここが一番無難だと判断して決めたのだった。 そんな風にここ数日のことを思い返していると。 携帯電話にメール着信。 悠からで、家の前で待っている。 そんな内容だった。 身支度を整えていた俺は財布と携帯などをもって。 悠の待つ玄関へとおりていく。 悠は車のエンジンをかけたまま待っていた。 【悠】 「明、おはよう」 【明】 「おはよう」 そう挨拶する、どこかぎこちなく。 どこかよそよそしい雰囲気。 【悠】 「とりあえず、向かおうっか?水族館」 【明】 「そうだな」 車に乗り込むと、またいつものリズムが流れている。 悠が好きなレゲェである。 【悠】 「今日は気分を変えてシャギーにしてみました」 【明】 「シャギー?」 【悠】 「うん、レゲェでは結構有名なアーティストかな」 【明】 「そうなんだ、でもこの前のデートでショーン・ポールは覚えたからな」 【悠】 「ショーン・ポールよりも有名かもね、昔からレゲェやってる人だし」 【明】 「なるほどねぇ」 【悠】 「そのほかにも色々聞かせたいけどね」 【明】 「それは楽しみ、それで、今日の水族館なんだけど何かみたい?」 【悠】 「そうだなぁ、やっぱり有名なクラゲとか?」 【明】 「今まで悠は見に行ったことある?」 【悠】 「ううん、初めてかな」 【明】 「やっぱり、地元の水族館って意外と行かないよね」 【悠】 「それはいえてるかも、近いからいつでも行けるみたいな風に思っちゃうよね」 【明】 「それは大きいかもね、だから誘ってみました」 【悠】 「なにそれ?近いから誘ったみたいな?」 【明】 「近いからと言うよりは行ってないかもなと思ってさ」 【悠】 「なるほどね、ボクも初めてだからいろんな発見があるかもね」 【明】 「それに期待しよう」 【悠】 「だね、まだ見ぬ未知の生物を」 【明】 「それは少ないかもしれないけど、まぁ、クラゲアイスなんかも期待しながら遊べればいいかなって俺は思うけどね」 【悠】 「だね」 そんな感じで続く、いつもどおりの会話。 そんな風に話しながら、どこか心の奥底では落ち着いていないのが現状だった。 つい最近悠の彼になったばかりの俺ではあるが。 もう少し愛の言葉を囁いた方が良いのか? それとも今まで変わらず接して行くほうがいいのか? そんなことを考えながら。 何気なく悠と話していく。 話している最中は悠が男であることを少し意識から外して考える。 だってそれは悠が望んでいることでもあるし。 悠は何よりも女になることを望んで生きてきたのだから。 男だからとか考える方がよっぽど失礼なんじゃないかと言う。 正すのなら俺の考えからだった。 主に音楽の話。 これから行く水族館にはクラゲ以外に何がいるかなんてそんな話をしながら。 気がつけば悠の車は水族館の駐車場についている。 車を降りるときに財布や携帯を持って準備完了。 二人で入り口で入場料の800円を払って。 中に入っていく。 入ってすぐ。 ガラスケースに白くてふわふわした。 毛玉みたいなのが入っていた。 【明】 「なんだこの白いの?」 【悠】 「けせらんぱさらんだよ」 【明】 「けせらんぱさらん?」 【悠】 「ほら説明も書いてあるよ」 そういわれて説明書きに目をやる。 何でも幸せの神様の使いらしい、なんかゴリヤクがあって幸せになれればいいなと思いながら。 その毛玉みたいなのを眺めていた。 【悠】 「他にも見てみようか?」 【明】 「そうだな」 二人で手を繋いで、二階の通路を奥に進もうとすると、目の前には大きな水槽があった。 中にはサメやエイなどが泳いでいる。 説明を見ると近くの離島などにいる生物を展示した水槽らしい。 説明書きを見ながらのフロアをぐるりと一周する。 主に近海に生息する生物のスペース。 小さな魚からサメみたいな大型のものまで、さまざま展示されている。 【悠】 「うわぁアオリイカって泳いでるのはじめてみたかも」 【明】 「俺も刺身になってるの以外見たことなかったよ」 【悠】 「生きてるのって透明できれいなんだねぇ」 【明】 「うん、俺も初めて見たけど、キレイだよなぁ」 【悠】 「うん意外だよねぇ」 そんなことを言いながら次は三階へ。 三階はメダカやヤマメ、イワナ、コイ。 モズクガニなど、川にいる魚や生き物。 あの魚は小さな時に捕まえてたよね。 とか この魚ってこんなに大きくなるんだなんて感心しながら。 そのあまり広くないスペースを回る。 そして少しドキドキしながら一階へ。 クラネタリウム。 世界最大のクラゲ展示室へと入っていく。 するとそこにはさまざまな種類のクラゲが展示されていた。 小さくても力いっぱい泳いでいるのから、ある程度の大きさでまとまって泳いでいるのまで。 クラネタリウムという名前だけあって。 かすかな光を放ちながら泳いでいるクラゲたちはまるで星のようである。 その光景を見ながら、二人とも口数が減っていく。 今日はお互い平日休みで休みを合わせたのもあって。 きている人はまばらだった。 そしてミズクラゲの水槽の前まで行った時。 二人の足は自然に止まった。 七色に輝くその光景に二人とも見とれていた。 そしてしばらく見ているうちになんとも言えないロマンチック空気が二人の間に流れ始める。 周りに誰もいないことを確認して少し遠慮気味に悠の肩を抱く。 悠は静かに頭を自分のもたれかけて来る。 そしてしばらく二人だけの時間を堪能していると悠が不意に俺のことを見つめた。 何が言いたいのか次の瞬間には察していた。 そのまま惹かれあうように。 ミズクラゲの水槽の前でキスをしていた。 これが初めての恋人らしいことだったかもしれない。 唇に残るかすかなミントの味。 悠とのキスの余韻に浸りながらもう一度手を繋ぎなおすと出口のある二階に、二人で歩き始める。 いきなりキスしてしまったことによる緊張からなのか。 それとも悠も驚いてしまったのか。 今までよりもより口数が減ってしまう。 でもその少し気恥ずかしいような沈黙を破ったのは悠だった。 【悠】 「ねぇ、せっかくここまできたんだしクラゲアイス食べてかない?」 【明】 「いいよ、せっかくだしね」 二人で売店のおばさんに注文してアイスを食べながら。 色々この先のことなんかを話していた。 今月末に行われる祭りの予定。 これから予定が合えばまたこんな風に遊びに出かけたいなど。 そんなたわいもない話。 最初はすごく不安だった。 同性と付き合うと言うこと。 こういったときに自分はどういった反応を示すんだろうといった不安。 それが一気に吹き飛んだ一日だった。 【悠】 「今日も空港の公園行っていい?」 【明】 「いいよ」 【悠】 「今日もお弁当作ってきたんだ」 【明】 「おお、それは楽しみだ」 【悠】 「今日はねおにぎり作ってきたんだ」 【明】 「それじゃあ、行こうか」 【悠】 「うん」 俺は、今までどこかの女の人と恋愛するんだと思っていた。 でも、それは違っていた。 今は悠とデートして、恋をしている。 男と付き合っているのが不幸か? そうは感じない。 俺は自分を好いてくれている人との時間を楽しんでいる。 将来、子供が、結婚が。 今はそんなことよりも、目の前のいる愛しい人と人生を過ごす楽しさを。 全身で感じていた。 -了-
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