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7
翌朝の教室は猫の話で満ちていた。
それは国語の教科書に載っている作品名ではなく「うちの猫が帰ってきた」という話だ。
どうして急にクラス中の猫がいなくなったのかについては諸説唱えられた。
地殻変動を察知した猫たちの逃走劇説、動物愛護団体の陰謀説、数年に一回行われる猫界最大のお祭り説など不穏なものから和やかなものまで様々だ。
何にせよ、家族が戻ってきた彼らの顔には安堵が浮かんでいた。
「警察、来なかったけど」
僕より後に登校してきた古藤さんは隣の席に鞄を置いた。
制服は洗濯したのか、きっちりとアイロンがかけられている。あの部屋に充満していた獣の匂いもしない。
「呼んでないからね」
「なんで」
「ティッシュと教科書のお礼かな」
「嘘つかないでよ」
椅子に座った古藤さんはそう言いながら教室を見渡した。
この教室に嘘をついたことのない人がどのくらいいるだろう。ほとんどいないことを僕は知ってる。たぶん、彼女も。
それでも安堵の表情が溢れる彼らを、彼女は穏やかに見つめていた。
「後悔しても知らないよ。また盗んじゃうかも」
「そのときはまた僕がお願いして返してもらうよ」
「名探偵でもない新開くんが私の犯行に気付けるかな。今回も偶然だったんでしょ」
「さすがに僕でも近くにいれば気付けるさ」
「ずっと私のそばにいる気?」
「ここだけが僕のオアシスだからね」
僕の言葉に、彼女は笑う。
いつも笑顔の彼女の過去に何があったのかなんて知らない。何がきっかけで彼女が嘘つきを苦手になったのかなんてわからない。
何を見て、何を思って、彼女が猫を盗んだのかはわからないけれど。
「君は嘘つきなのに、馬鹿だね」
それでも僕と同じように、彼女が嘘つきアレルギーだというなら。
心だけはまだ、彼らを愛したいと思っているのかもしれなかった。
「正直者も泥棒になれちゃう世の中だからさ」
……もしも、と僕は思う。
もしも正直者が泥棒になれるなら、嘘つきが善良な人間だってこともあるかもしれないな。
「だといいなあ」
隣から楽しそうな笑い声が聞こえて、僕は考えるのをやめた。
こんなこといくら考えても答えは出ないだろう。それならもっと別のことを考えたほうがマシだ。
がやがやと騒がしい教室をぼんやりと眺めながら、今度はいつ遊びに行こうかな、と僕は思いを巡らせた。
(了)
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