座禅3

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座禅3

いつもの座禅。 しかし今日はいつもと様子が違っていた。 いつもより落ち着かなかった。 次々とわいてくる。 良くない想像。 もしかしたらそれは現実になるのか。 いや、妄想であって欲しい。 でも、どうしても。 娘まで鬼にさらわれてしまうかもしれないと言う考えが頭からぬけない。 俺は剣のことも教わった。 さまざまな戦い方も先生に教えてもらった。 だが、俺には何かが足りない気がしてしまう。 体の強さはあると思う。 でも、あの鬼の鋭い眼光に睨みつけられたら? 地を揺るがす咆哮を聞いてしまったら? 思い出すだけで。 体に嫌な汗が伝う。 でも、乱れてはいけないと。 そう自分に言い聞かせながら。 歯を食いしばる。 しかし力めば力むほど。 どんどん心は乱れていく。 そろそろ朝連さんにカツを入れられると焦り始めた次の瞬間。 【朝連】 「言三さん、言三さん 朝連さんの声で我に戻る。 目をゆっくり開けるとそこには。 心配そうに俺を見つめていた。 【言三】 「朝連……さん?」 【朝連】 「大丈夫ですか?今日は乱れるを通り越して、むしろ具合が悪いようにも見えますが、どうしたんです?」 【言三】 「じつは……」 そこから、自分でも不思議なくらい。 朝連さんに全てをぶちまけていた。 それはとねがさらわれてからずっと鬼を討つことしか考えていない。 強気な自分ではなく。 たまにうなされたり。 うめやさくらをみていると不安で仕方ないし。 試合する相手もあまりいないこの島で剣を習って。 その実力は本当に鬼を討てるものになっているのか? その不安なんかも全て語っていた。 全てを話し終えると、朝連さんがにっこり微笑む。 【朝連】 「やっと本音で話してくれた」 【言三】 「え?それじゃあ今までのことは全て見抜いていたんですか?」 【朝連】 「見抜いていたといえば嘘になります、でもあたしと話すときは肩肘張って、怖がっているのはよく分かりました」 【言三】 「なんだか、鬼を討つだなんて言ってから、怖がっているのが知れていたなんて、恥ずかしい話です」 【朝連】 「恥ずかしいことなどないですよ」 【言三】 「そうですか?」 【朝連】 「そうです、言三さんは虎の話をしってますか?」 【言三】 「トラですか?見たことは無いですね、名前は知っていますが」 【朝連】 「清の国にいる、虎はとてもどう猛な動物です」 【言三】 「人間もそのくらいどう猛になっていいという話し?」 【朝連】 「それとはまた、違います、虎とは、動物や人を襲って食べるとても怖い動物です」 【言三】 「その虎と鬼に何の関係が?」 【朝連】 「ある清の旅人がいました。その旅人は周りに骨が転がっているのも気にせず砂漠を進みます」 【言三】 「それはどういう旅になるんでしょう?」 【朝連】 「その旅人はあたりに落ちている骨の意味など考えずに進んでいましたが、しかし目の前に虎が現れてその周りの骨の意味にやっと気がつきます」 【言三】 「目の前の恐怖を見て怖さに気がつく」 【朝連】 「そうです、旅人は逃げます。すると海辺に出て逃げた先は断崖絶壁」 【言三】 「とても危うい状況ですね」 【朝連】 「しかしそこに一本の木から伸びるツルがありそのツルを伝って断崖の下に下りようとします。」 【言三】 「天の救いですね」 【朝連】 「でもその逃げるはずの海には三匹の毒竜が口をあけて待ち構えます」 【言三】 「それはもう助からないのでは?」 【朝連】 「それだけではありません、今度はそのツルをかじっているネズミまであらわれます。」 【言三】 「それはもはや戻るも進むも死ぬしかないですね」 【朝連】 「そうでしょう、でもこの旅人は不意に木の上から落ちた蜜に心を惑わされ、ツルをのぼり始めます」 【言三】 「それはもう、虎に食われてしまいますな」 【朝連】 「その通り、だからこそ人は目の前の甘いものに流されやすいと言うことなんです」 【言三】 「甘えを捨てて精進しろと言うことなんでしょうか?」 【朝連】 「そうではないです。言三さんこの旅人は海まで追い詰められる前にチエを使えば逃げ切れたと思いませんか」 【言三】 「そう言われれば、危ないところから逃げていれば死なずに済んだでしょうな」 【朝連】 「そこなんです」 【言三】 「と、いうと?」 【朝連】 「言三さんがこの島に来る前、言三さんは腹を空かし、ただ生きるために、罪を犯して、この島に来たと思うんです」 【言三】 「それと鬼と戦うことと何の関係があるんです?」 【朝連】 「あなたは何かを盗むとき、人を騙すとき、何かを考えてましたか?」 【言三】 「いえ、ただ死にたくなくて、何も考えず、畑から盗んでいたりしました」 【朝連】 「それなんです、私が言いたいのは、死にたく無いと気持ちを前に出して。無にするんです、全てを」 【言三】 「無に?」 【朝連】 「悲しみも、憎しみも、全ての感情を、無にする、そうしたときに自然と見るものです、自分がすべきことが」 【言三】 「ちと難しいですね」 【朝連】 「ならば少しお話しましょうか?お時間はありますか?」 【言三】 「そうしますか」 そう答えると。 朝連さんはにこりと笑い。 寺の奥に自分を招きいれた。 そこは朝連さんの寝床。 あまり日の差さないその部屋にろうそくがともされ。 ほのかな灯りが辺りを照らしている。 その灯りに照らされ。 見えるのは酒瓶と煙管だった。 普段各家を回り念仏を唱え。 まじめにしている朝連さんからは想像もできない。 朝連さんの部屋。 朝連さんはゆっくりと腰を下ろすと。 煙管に火をつける。 それをゆっくりと吸い込み。 吐き出している。 【朝連】 「私も、その昔はまじめな坊主でした」 その後、大雑把に朝連さんの口から語られたこと。 毎日毎日仏の道に励もうとも、上に認められることも無い。 だから違う宗派で勉強しようと思っていろんな寺をフラフラしていた。 よいことを見つけるのは不得意な僧侶たち、でも人の悪いところを見つけるのは得意。 あっという間に「開祖の言うことが聞けない坊主」と寺で問題になる。 それまで酒を飲んだことも無かったのに、荒れて、つい口にしてしまった。 そうすれば、上にあっという間に話は知れ。 破門された。 その後はもう、まさに無になって。 宗派を捨てて。 さまざまな農村。 さまざまな街を転々とした。 そこでいかにも偉い坊主のフリをして金をもらい。 それが面白くてやがて人を騙すようになった。 欺いたのがバレて。 この島にやってきたのだという。 【朝連】 「それが私が無になった瞬間の話し、私は殺生と肉食、女犯以外ならなんでもやった、本当は死罪になるべき人間だった、でも生きるためだったと後悔はしていません」 いつもの朝連さんに比べて口調が荒いし、さっきから畳を燃やしたような匂いを漂わせている。 【朝連】 「だからここでは唯一の坊主としてやっているが、私の本懐は念仏宗、でもみちのくまで逃げてくれば禅宗が増える、だから覚えたんです、禅の事も」 【言三】 「しかし朝連さん大丈夫か?様子がおかしいが?」 【朝連】 「いつもこうです、ここには刻みタバコが無い、だから庭に生えてる草を乾かして吸っています」 【言三】 「…………」 普段見ている朝連さんとは別人のようだった。 目がすわっている感じがするし。 異様な空気だった。 【朝連】 「私が言いたいのはただ一つ、坊主だろうがなんだろうが所詮は人の子、生きるためには何でもする、最後にはその道しるべを失ったものは死んでしまうということです」 【言三】 「道しるべ、ですか?」 【朝連】 「そうです、道しるべです、言三さんも気付けにどうです?」 【言三】 「いただこう」 【朝連】 「今日は叱る人はいない、ささ、飲んでください」 【言三】 「かたじけない」 【朝連】 「今は噛み砕いて言いましたが、その道しるべこそチエなのです」 【言三】 「道しるべがチエ?」 【朝連】 「そうです、人は生まれながら、生き残ろうとするチエを知っている、でもそれは今の生活で眠らされているだけ、いざと言うときになれば、それは目を覚ます」 【言三】 「難しいですね」 【朝連】 「むかし、釈尊は言ったらしいのです、どうしようもなくなったとき、仏法さえ学んでいれば、必ずしや困難を乗り越えるチエを授かる」 【言三】 「しゃくそん?」 【朝連】 「大昔、仏の道をおつくりになった方です、その方はそういった、それはすなわち、普段から仏法に触れている私達は、危機的状況になってもチエを授かり、乗り越えられるということなのです」 【言三】 「自分もそのチエとやらを授かれるでしょうか?」 【朝連】 「水は火よりも尊いのです」 【言三】 「どういう意味です?」 【朝連】 「火は燃料が無ければ消えてしまう、灰しか残さないのです。しかし水はたとえ地面に落ちてなくなってもまた雨となって降り注ぐ、それを何度も繰り返せば川となり、大きな流れとなれる、続けたことがあれば必ず力になると言う意味です」 【言三】 「なんだかその話を聞いて勇気が出ました。剣を続けてきたのだからと自身になりました」 【朝連】 「それに禅もしましたしね、私が繰り返して言っていたことを覚えてますか?」 【言三】 「禅は己をうつす鏡だと」 【朝連】 「そうです、それは仏法にもいえます、仏法も己をうつす鏡、それを知ってさえいれば、鬼と戦って危機的な状況になっても平常を取り戻すことでしょう」 【言三】 「鏡ですか」 【朝連】 「そうです、己で己を見れれば、必ず道は開けます」 【言三】 「分かりました、自分がどういう状況なのか、よく見据えて戦いたいです」 【朝連】 「それでいいのだと思います、しかし言三さん、前に聞いたことがあるのは鬼が村の娘を狙うときはいかに血が薄くなっても朝廷の末裔を嗅ぎ分けてさらっていくという噂ですね」 【言三】 「ということは、とねの叔母もさらわれ、とねもさらわれたということは、とねの実家がその昔、逃げてきたという?」 【朝連】 「断言はできません、でも、おそらくそうではないかなと思います」 【言三】 「そうとなれば、なお剣に精進しなければなりませんね」 【朝連】 「それで己を見るというのができれば、必ずしや勝てるでしょう」 【言三】 「分かりました、ありがとうございます」 俺はそう頭を下げると。 寺を後にした。 帰り道、不思議と迷いはもう無かった。 俺だけではない、みんな弱いところはあるのだと思うと。 不思議と元気が出てきた。
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