座禅4

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座禅4

鳥のさえずり 小川のせせらぎ。 たまに聞こえる。 虫の声。 もう全て慣れきった音だった。 朝連さんが己の弱さを見せたあの日から。 俺の中での意味のない焦燥感は消えうせ。 前よりもじっくりと座っていられるようになった気がする。 少し前までは何語とにも焦っていた。 自分は鬼より強くなれたか? 今度こそ鬼を成敗できるのか? 俺はあのときよりも強くなっているのか? それとも、年齢を重ねるごとに衰えていっているのか? 疑問ばかりだった。 しかし今は何かを問うのやめた。 それは何故か? どこにも答えなんてないからだ。 答えが無いものを問い続けても。 どこにも答えはなく。 焦るばかり。 ならば焦らないように。 疑問に思わなければいい。 実はそれだけのことだった。 最近は朝連さんが言っていた。 無にするという感覚が分かってきた。 以前は何も考えないと眠くなっていた。 それは無にしているのではなくて。 ぼんやりしているだけ。 本当に無にするとは。 この寺と、この島と一体となることと理解した。 まさにこの場に自分がいないものだと考える。 自分の前にある空気の流れ。 川の振動。 鳥が飛んでいくときに砕かれる。 空気の断片を感じる。 そんな繊細な変化を肌感じる。 禅。 最初は何もできない苦痛のほうが大きかった。 でも、今は全てを無にして。 とけこむ面白さを感じていた。 空気の流れに合わせて呼吸をし。 時間を過ごしていく。 【朝連】 「時間です」 【言三】 「ありがとうございます」 座禅を組んだまま。 合掌し。 無事に禅が終わったことに感謝する。 振り返ると確かに一尺ほどあった細い線香が燃え尽きている。 【朝連】 「おつかれさまでした、最近はすっかり、乱れることは減りましたね」 【言三】 「ありがとうございます、やはり朝連さんでも乱れることや、弱さを持っているんだなと思うと、自分だけじゃないと焦らなくなるんですよね」 【朝連】 「それは何より、人というのはえてして心は弱いものです」 【言三】 「何か鍛えるすべはないのでしょうかね?」 【朝連】 「あえてあげるのなら、禅と、何か目標を持つことです」 【言三】 「俺はどちらも持てたでしょうか?」 【朝連】 「どちらのきちんと持てていましたよ、私のところに禅も通いましたし、鬼を成敗するという目標もきちんとありました」 【言三】 「そう考えると俺は強くなれたのでしょうか?」 【朝連】 「正直それは分かりません、でも、一つだけいえることがります」 【言三】 「なんですか?」 【朝連】 「言三さんは仏法に触れ、人としては強くなったということです、腕力や剣と言うことではなく、相手を、そして鬼をもっと冷静に見れるようになった、違いますかね?」 【言三】 「自分ではなかなか気がつかないところですが、そういわれると、そんな気もします」 【朝連】 「それだけでも大きな進化、鬼を冷静に見れる気構えを持つことと言うのはとっても大事なことだと思います」 【言三】 「朝連さんにそういってもらえると、なんだかとっても、頼もしいですね、なんだか鬼を成敗できそうです」 【朝連】 「その意気です、堅苦しい説法はこのくらいにしておいて、どうですかいつもの楽しみでも?」 【言三】 「いいですね」 【朝連】 「分かりました、ここでしばしお待ち下ささい」 朝連さんはいつもどおり。 いったん部屋に下がり、酒とキセル、をもって本堂に戻ってくる。 そこで、あれ以来恒例となっている。 飲み会が開始される。 【朝連】 「ささ、言三さん、どうぞどうぞ」 【言三】 「いつもすまない、朝連さんもおひとつどうです?」 【朝連】 「いやぁ、すみません、ご馳走になります」 お互いに酒を酌み交わし乾杯する。 【朝連】 「そういえば、信繁先生はお酒は嫌いなんですか?」 【言三】 「よく分かりません、一緒に酒を飲んだことがないので」 【朝連】 「ぜひ今度一緒に酒を飲んでみたいものです」 【言三】 「かなりおつよいようにもみえますが、以外にげこだったりして」 【朝連】 「それはないでしょう、お祭りではよく酒を飲んでますし」 【言三】 「そう言われれば、祭りでは静かに飲んでますね」 【朝連】 「それはそうと、言三さんの家ではやはり飲みすぎるとうるさいんですか?」 【言三】 「そうですねぇ、さくらがまだ小さいときは、それはうるさかったもんです」 【朝連】 「最近はあまりうるさく言わなくなった?」 【言三】 「そうですね、さくらなんかはたまには漬物なんかも出してくれます」 【朝連】 「ほぉ。それは羨ましい」 朝連さんはそう言いながら俺の茶碗に酒を注ぎ足し。 自分の茶碗にも酒を注ぐ。 【朝連】 「さくらちゃん、もしかして意中の男性がいるとか?」 【言三】 「親の俺から見た感覚で言うと」 【朝連】 「感覚で言うと?」 【言三】 「いますね、あれは」 【朝連】 「はぁ、やっぱり、年頃の娘ですなぁ」 【言三】 「父親としては寂しい感覚もありますけど、孫の顔が見れるとなると少し楽しみでもありますね」 【朝連】 「孫ですか?これはまた気が早い」 【言三】 「そうですかね?さくらやうめならすぐにいい旦那と夫婦になると思いますが?」 【朝連】 「思い通りに行かないから、人生と言うものです」 【言三】 「そういうものなんでしょうか?」 【朝連】 「そういうものです、全て思い通りに行かないのが人生と言うものです」 【言三】 「なるほど、全ては己の鍛練次第と言うことですね」 【朝連】 「そういうことです、しかしながら、思いどおりにしなければならないこともある、それがまた、人生にむずかしい所でもあります」 【言三】 「本当に難しい、鬼だって成敗しなければ今後島で悲劇が続いていく」 【朝連】 「それもその通りです、でも、重荷に感じてしまっては焦って失敗してしまう」 【言三】 「そうなんだよな」 【朝連】 「だからこそ、重苦しく考えるんじゃなくて、言三さんは言三さんのするべきことをすればいいんです」 【言三】 「するべきこと?」 【朝連】 「そのとおり、島のみんなを守るとか、娘を守るとか、そういうんじゃなくて、奥さんの敵討ちを」 【言三】 「そうですね、余計なことを考えないようにします」 【朝連】 「そうそう、それでいいんだと思いますよ」 【言三】 「分かりました、ありがとうございます」 【朝連】 「あまりかしこまらないでください、こっちがはすかしい」 【言三】 「そうですな、しかし、そう考えると気が楽になります」 【朝連】 「そういっていただけると何よりです」 朝連さんはすわったまま軽く会釈しながら、キセルに火をつける。 煙を深く吸い込む。 【朝連】 「ところで、言三さん、うろ覚えではあるんですが」 【言三】 「なんです?」 【朝連】 「自分がまだ坊主になってすぐの頃に話なんですが、その時に天皇陛下に会いまして」 【言三】 「ほぉ、それはすごいですね」 【朝連】 「いえ、京でよく坊主に施しをしていましたので珍しくは無いのですが。そのときの天皇陛下の顔を思い出しますと、似てきているんですよね」 【言三】 「似てきている?」 【朝連】 「朝連、そうです、うめちゃんでしたっけ?」 【言三】 「うめが天皇陛下に似ていると?」 【朝連】 「うりふたつとは言いにくいんですけどね、目元のあたりがものすごく似ていると思いますね」 【言三】 「となると、やはり、そうなると、朝廷の血を引いているのかもしれませんね」 【朝連】 「まぁ、昔の記憶ですから、そんなにはっきりした記憶じゃないですからね」 【言三】 「といっても、うめはとねとうりふたつですしね」 【朝連】 「…………となると、鬼が狙いやすいと」 【言三】 「そうなりますね、でも、必ずしや鬼を討って見せますよ、とねのためにも」 【朝連】 「その意気でいいのだと思いますよ」 【言三】 「そうですね、いつまでもいつめても、答えなどありませんからね」 【朝連】 「そうです、ささ、言三さんどうです、おひとつ?」 【言三】 「いやいや、すみませんな」 そんな風に雑談をしながら朝連さんとの雑談を楽しむ。 気がつけばゆうげの直前まで。 酒の話題や旬の山菜の話題に花を咲かせていた。
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