繁信

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繁信

とねがさらわれて、二年の月日が経った。 うめとさくらはもう5つになる。 【言三】 「いいか、うめ、さくら」 俺の呼びかけに、うめとさくらがこちらを向く。 つぶらな瞳を見ながら。 娘達に話を続ける。 【言三】 「この島には鬼が住んでいる、黒くて大きな大きな鬼が」 怖いのか子供達は真剣に俺のことを見詰める。 【言三】 「お父さんのこの傷もその鬼にやられた」 【うめ】 「うわぁ、痛そう」 【さくら】 「おとうさん痛くない?」 【言三】 「やられたときは痛かった、でも今は大丈夫、お前達の母さんはその鬼にさらわれて、殺された」 そう告げると、娘達はあまりの恐ろしさに表情が凍っている。 【言三】 「でも大丈夫、今度鬼が来たときには、お父さんがその鬼をやっつけてやる、うめとさくらはお父さんが守るよ」 【うめ】 「ほんとうに?」 【さくら】 「お父さんがまた怪我したらいやだよ」 両目に涙をため、うめとさくらが近づいてくる。 大丈夫、大丈夫と諭しながら。 うめとさくらをとこに寝かしつける。 はやく寝ないと鬼が来るなんて脅かしながら。 寝かしつける。 二人がすやすやと寝息をたて始めたのを確認してから。 今の明かりから提灯のろうそくにつけかえて。 家を出て行く。 今日は長老に呼ばれていた。 なにやら今日は少しワケありの罪人が流されてきたらしい。 それで俺に話があると言うことなので長老の家に向かう。 夜道の中で色々考える。 うめやさくらの前では守ると言っているが。 正直、怖かった。 またあの鬼と戦うのかとおもうと。 震えがとまらないくらい。 恐ろしかった。 でも、うめやさくらに畑仕事を教えていると。 自然とそのことも忘れられる。 鬼の怖さよりも何よりも。 娘達が畑を手伝ってくれるのが何より楽しかった。 うめもさくらも言葉を覚え、鬼というのは怖いと理解し始め。 成長している。 俺は成長できたろうか? 毎日そんな気持ちでいっぱいだ。 とねはさぞ怖かっただろう。 痛かっただろう。 そんなことを考えていると。 自分のふがいなさばかりを後悔してしまう。 でも後悔したところで誰が報われるわけでもなく。 生き返るわけでもなく。 複雑な気持ちだった。 そんな気持ちになるたびに。 まずうじうじ悩むことやめて。 とりあえず機会が来るまで待とう。 今できることはうめとさくらがどこにお嫁に行っても恥ずかしくないよう。 立派な女に育てることが使命だと。 そう自分に言い聞かせて生活していた。 そして、長老の家の前に到着する。 戸を叩くと。 置くから長老が出てきて、座敷へと通される。 座敷には立派な着物を着た爺が一人あぐらをかいて座っていた。 【長老】 「お待たせした、今来たのが村で百姓をやっている言三じゃ」 【???】 「はじめまして、言三どの、ワシは酒井信繁(さかいのぶしげ)と申す」 爺は深々と頭を下げた。 そしてその名に俺は驚いた。 【言三】 「酒井?殿様がなぜここに?」 【長老】 「これ、言三!!」 長老に一喝される。 おそらく聞いてはいけないことを聞いたのだとおもう。 酒井殿は少し言いづらそうな顔をしていた。 その苦しそうな表情を見ながら。 申し訳ないことをしたと思った。 気まずい沈黙。 三人座敷に腰を下ろし。 しばらく黙っていると酒井殿が、その重い口を開いた。 【信繁】 「ワシは、酒井と名乗っているが、そんなに偉い人間ではない、剣を学んだ百姓の息子が、酒井の殿様の末っ子の娘と結婚した、だから酒井と名乗っている。その腕を見込まれて剣術指南もしたくらいだ」 【言三】 「殿様の分家と言うことか、それでなぜ、この島にきたのか?」 【信繁】 「実はワシも罪人じゃ、盗みや強盗を繰り返し、ここ流されてきたというわけじゃよ」 【言三】 「なぜ、盗みや強盗を?」 【信繁】 「家がなくなったんじゃ」 【言三】 「酒井本家に何かしたのか?」 【信繁】 「そんなことは断じてない、原因は愚かな息子だ」 【言三】 「愚かな、息子?」 【信繁】 「そうじゃ、あいつは蔵に金があるのをいい事に毎日毎日博打と酒に明け暮れた」 【言三】 「この島には酒しかない、バクチというのはそんなにまずいものなのか?」 【信繁】 「ああ、まずいな、息子はやくざに金を借りるようになり、最後には返せなくなり、家を差し押さえられたほどだ」 【言三】 「なんとも切ない話だな」 【信繁】 「もちろん、殿様たちにももう本家に顔を出すなといわれ、一家はばらばら、息子はやくざになり、身よりもない自分は、畑から柿を盗んだり、金欲しさに庄屋の蔵を襲ったりもした」 【言三】 「酒井殿も生きるために必死だったと見えるな」 【信繁】 「言い訳すればそうじゃ、でもな、世の中にはやっていいことと悪いことがある、ここまで落ちぶれて武士の名折れじゃ」 【言三】 「…………」 話をしながら酒井殿は泣いていた。 無理もない、縁あってお城の人と結婚したのに。 一代で自分の家を潰されてしまってはなきたくもなるだろう。 【信繁】 「そこで勝手な頼みとは思うが、言三どのに立会人をお願いしたい」 【言三】 「立会い?」 【信繁】 「そう、ワシも武士じゃ、恥をさらして生きるよりなら、この場で潔く死にたいのじゃ」 酒井殿はそう言いながら。 布の袋を解き始める。 中からは大剣一振り。 脇差が一振り出てきた。 【信繁】 「お殿様はせめてもの武士の情けと、この刀を持たせてくれることを許してくれた、どうか介錯を頼みたい」 【言三】 「俺は刀をもったことがない、かいしゃくとはなんだ?」 【信繁】 「ワシが切腹する、ワシが切腹して命を絶つ直前に首をはねてくれ」 【言三】 「断る、そんなこと俺にはできない」 【信繁】 「言三殿はワシに生き恥をさらせと、そう申すのか?」 涙ながらにそう訴えてくる酒井殿だが。 俺には意味がよく分からなかった。 生き恥だの、武士だの、自分は生まれながらの孤児で親からそんな話しを聞いたこともなく。 なんて返事してよいのかまったく分からなかった。 泣き崩れている酒井殿に長老が話しかける。 【長老】 「酒井殿、ここではもうあなたは武士ではない」 【信繁】 「それはいったい?」 【長老】 「この島は罪人の島、恥のない人間などいないのです」 【信繁】 「…………」 【長老】 「そこで相談なのじゃが、今はその刀を預けてもらって、その経験を活かして村のみんなに助言してもらえんじゃろうか?」 【信繁】 「助言?」 【長老】 「そうです、酒井殿は確かに本土では罪人でした、でも、考え方を変えれば、あなたが人生で経験してきたことはこの村にとって大きな知恵になる」 【信繁】 「しかし自分は人として外れたことをしてこの島に流されてきた、そんな爺の言葉などみなが聞くでしょうか?」 【長老】 「ここにいる者のほとんどが人としてはずれた事をしてこの島に流されて来てますからね」 【信繁】 「分かりました、それでも、武士の魂である刀を捨てる勇気はもてんのです」 【長老】 「それなら、捨てることは無いでしょう、酒井殿に是非、剣の使い方をご教授いただきたいと思います」 【信繁】 「この島に武士を目指す者がおるのですか?」 【長老】 「そこにいる、言三です」 【信繁】 「しかしながら剣の道とは難しく、一日や二日ではできるものではありませんぞ?」 【長老】 「心得ております、言三、酒井殿に話してもいいかの?」 【言三】 「ああ」 【長老】 「言三は今から2年前、妻を鬼に殺されております、あのとき、村には鍬しかなかった、だからこそ、この男に兵法を身につけさせ、鬼を成敗したいと思っております」 【信繁】 「話は分かりました、しかしながら、鬼を斬るというのは今までいかなる剣豪でも成しえなかった偉業ですぞ」 【長老】 「さぞ、厳しい道のりと心得ております、しかしいつかは解決しなければならない問題、酒井殿の腕を見込んでのお願いでございます」 【信繁】 「承知いたしました、言三殿、おぬし、刀は持ったことはあるか?」 【言三】 「いえ、まったく」 【信繁】 「分かった、明日、もう一度この屋敷に来てもらえるか?」 【言三】 「良いんですか?」 【信繁】 「刀を教えるのは色々手間がかかります、いきなり刀は持たせません」 【言三】 「分かりました」 【長老】 「ご理解いただき、ありがとうございます」 【信繁】 「いえいえ、家の慣わしで覚える子供に教えるより、張り合いがあるでしょう言三殿も、厳しい道のりとなるが、覚悟はあるか?」 【言三】 「もちろんです、とね……妻の敵を討ちたいです」 【信繁】 「わかった、それでよい、明日は準備があるから、昼飯を食ったらここにきなさい」 【言三】 「分かりました、酒井殿」 【信繁】 「言三は今日からわしの教え子、信繁とよべ、堅苦しいわ」 【言三】 「分かりました、信繁殿」 【信繁】 「殿か、呼び捨てでもいいのに」 【言三】 「それでは、信繁先生でいかがでしょう?」 【信繁】 「うむ、それでもよい、それでは、明日きてくれ」 【言三】 「分かりました」 【信繁】 「それじゃあ、おやすみ」 【言三】 「おやすみなさい」 挨拶して長老の家をでる。 提灯のもう一度明かりをともして。 夜道を歩く。 自分が焦るよりも、物事はよい方向に動いてるのだと思う。 明日から信繁先生から剣の指導を受ける。 それは難しく険しいものかもしれない。 でも、それでとねの敵が討てるのであれば。 何の苦にもならないような。 そんな気がした。
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