6人が本棚に入れています
本棚に追加
刀
翌日。
長老の家に顔を出す。
すると信繁先生は縁側で、木の棒を小刀で削っていた。
【言三】
「信繁先生、こんにちは」
【信繁】
「おう、言三か少し座ってまっておれ」
先生にそういわれて、少し間を空けてとなりに座る。
先生はまじめな顔をして、気の棒を削っている。
もうほとんど、刀の形になっている。
自分が怪我をしないようにわざわざ作ってくれてのかなとも思った。
それでも、その木で作った刀は何本も有って。
先生の横にたくさん並んでいる。
気にはなるが、色々聞いても今の自分には分からないと思った。
黙って先生が仕上げるのを見ようと思った。
それでしばらくして。
できたばかりの棒を渡される。
【信繁】
「どれ、言三、もってみろ」
【言三】
「は、はい」
渡された棒を持ち、軽く振ってみる。
鍬よりも軽く、あの鬼にぶつかったら軽く折れてしまいそうな。
そんな雰囲気だった。
【信繁】
「そうかそうか、言三はお侍さんを見たことが無いか?」
【言三】
「はい、ありません」
【信繁】
「なら仕方ない、いいか右手は鍔(つば)、そうそう、この平べったいやつじゃ、ここを握る、左手は柄(つか)の先を握る」
【言三】
「こうですか?」
【信繁】
「そう、それで握ったままヘソの前で構える、それが正眼の構えじゃ」
【言三】
「これがセイガンの構え」
【信繁】
「うむ、でもなんだかぎこちないの、言三、お前はどの指に力を入れて刀を握っておる?」
【言三】
「ぜ、全部の指です」
【信繁】
「それじゃあ、力が入りすぎておる、刀を握るのは薬指と小指だけでよい、他の指は添えるだけじゃ」
【言三】
「え?両手四本で刀を持つなんて……」
【信繁】
「かっかっかっ、最初は信じられんじゃろう、でも大事なことじゃ」
【言三】
「こ、こうですか?」
【信繁】
「ぎこちないの、言三よ、まだまだ肩に力が入りすぎておるぞ」
【言三】
「え、えと」
【信繁】
「焦るな焦るな、刀は逃げはせん、まてよ、今わしが前に行く」
【言三】
「はい」
先生は木の刀を持っておれの前に立つ。
【信繁】
「ほれ、ワシをよく見ろ、そしてマネして構えてみろ」
そういわれて先生をよくみながら構え方のマネをする。
細かく観察する。
確かに刀を握る手はそんなに力んでいない。
肩もギュッと締めているだけで。
力が入っている様子も無く。
俺もマネして構えて見る。
力を抜いて構えると、今までよりも先生の姿がはっきり見える印象を受けた。
【信繁】
「よろしい、それが正眼の構えじゃ」
【言三】
「ありがとうございます」
【信繁】
「よいか、これはチャンバラでも、なんでも基本の構えじゃ、全ての基礎がここに集約しておる」
【言三】
「はい、覚えておきます」
【信繁】
「よろしい、続いて面について教える」
【言三】
「はい」
【信繁】
「刀を握ったまま頭の真上まで振り上げる、そしてヘソの前まで振り切る」
説明しながら木の刀を振り下ろしたとき、ブンッと、風を斬る音がした。
【信繁】
「そして正眼の構えまで戻り終わりじゃ、これが面、やってみろ、言三」
【言三】
「はい」
威勢良く返事をして、先生と同じように振り下ろしてみる。
風を斬るもしなければ、ヘソの前で止めるのが難しかった。
【言三】
「?」
【信繁】
「どうした言三?不思議そうな顔をして?」
【言三】
「信繁先生のときはすごく音がしたなと思いまして、やはり信繁先生はすごい力が強いんですね」
【信繁】
「それは違うぞ言三、わしの腕をよく見てみろ」
そう言いながら差し出された先生の腕は、俺の腕よりも細かった。
【言三】
「ええ?」
【信繁】
「当たり前じゃ、毎日野良仕事しとる言三にワシが腕力で勝てるわけが無い」
【言三】
「それでは、なぜ?」
【信繁】
「鍛練じゃよ」
【言三】
「鍛練?」
【信繁】
「そうじゃ、ワシはチャンバラが好きで、5つや6つで棒を振り回しとった10の時には棒が木刀に変わった」
【言三】
「そんなに小さな時から?」
【信繁】
「そうじゃ、小さい頃から何よりの楽しみじゃったからな、つまりはワシはもう刀を振り回して50年近く経つからの」
それを聞いてなんだか不安な気持ちでいっぱいになってきた。
【言三】
「信繁先生、自分は不安です、木刀で鬼に勝てるのか、そこまで強くなれるのか」
【信繁】
「あとはひたすら鍛練じゃ、しかし言三、木刀をバカにするのはいかんぞ?」
【言三】
「何故です?」
【信繁】
「木刀は確かに木でできておる、じゃがな、刀の形をしておればすでに刀の神は降りておる」
【言三】
「刀の……神?」
【信繁】
「そうじゃ、いきなり真剣を握らせては大怪我になる、だから最初は木刀で鍛練する」
【言三】
「はい」
【信繁】
「そうじゃな、言三これからこれを毎日10回ずつやれ」
【言三】
「たったの10回ですか?」
【信繁】
「そうじゃ、10回、でたらめに1万回やるより気をいれて10回じゃ、よいな」
【言三】
「はい」
【信繁】
「大事なのは回数ではない、気を入れることじゃ。」
【言三】
「承知しました」
【信繁】
「分かればよろしい、面ができたら胴、胴ができたら籠手、籠手ができたら突きと順番に教える」
【言三】
「よろしくお願いします」
【信繁】
「分からないことがあったらまたいつでもきなさい、いつでも教えてやる」
【言三】
「はい」
【信繁】
「よろしい、今日の鍛練はここまでごくろうさん」
【言三】
「おつかれさまです」
深々と頭を下げると俺は長老の家をあとにした。
かえの木刀数本をもらい。
明日から剣の練習。
最初木刀をはまともに振れなかったが、信繁先生に指導していただき。
いくらか自信がついたと思う。
気を入れて一日十回。
俺はおそらくあの日の鬼をう思い浮かべ。
木刀を振るのだと思う。
とねの敵を討つため。
うめとさくらを守るため
今まで何もできていなかったことへの焦りが大きかったが。
今日は少し剣の勉強をしただけで。
鬼を成敗することへと近づけた気がした。
最初のコメントを投稿しよう!