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うめ
【言三】
「いただきます」
そう言って三人で夕飯を囲む。
今晩の夕飯の品は。
麦飯。
大根の味噌汁。
なめこと大根おろしを混ぜたもの。
ヤマメの塩焼き。
大根は家でとれたもの。
なめこはおとなりさんからのおすそわけ。
ヤマメは今日川で釣ってきたもの。
自分は何も言わずにもくもくと食べる。
【うめ】
「え~、なめこがはいってるよぉ?」
【さくら】
「もぉ、好き嫌いはだめだよ?」
【うめ】
「だって~なめこってぬるぬるするし~」
【さくら】
「このぬるぬるがおいしいんじゃない」
【うめ】
「え~、さくらはおかしいよ、舌が気持ち悪くなるじゃん」
【さくら】
「もぉ、わがまま言わないの、残さないで食べるんだよ?」
【うめ】
「え~……」
【さくら】
「それ以外食べるものないんだから、残したら、おなか減るよ?」
【うめ】
「は~い」
そんな風にうめが言っている。
正直、俺もきのこが苦手だったりする。
さくらには気がつかれないよう。
うめに目配せする。
うめもこちらに気がつき。
小さくうなずいた。
こうしてかわされる、いつもの合図。
こういうときは、他の飯を食べきってしまって。
さくらに気がつかれないよう。
食器を洗う川にきのこを流してしまう。
と言う考えだ。
成功する確率は半分。
さくらに見つかるとすごく怒られることもある。
でも、うめも俺も、あのぐにゃぐにゃとした歯ざわりが苦手だったりする。
そう考えると、うめは自分によく似ているところがある。
食べ物の好みもそうだが。
自分なりの調子で仕事をやっている時に。
急かされるのを嫌う。
確かに畑仕事はまだ遅い、だがそれはサボっているのではない。
うめなりに、真面目にやっているのは目で見て分かるのである。
これは長老に仕事を習いたてのときの自分に似ているものがあるなと振り返る。
そんな風に、うめを観察していると。
食べ終わった合図をうめが目でしてくる。
いざ決行のとき。
【言三とうめ】
「「ごちそうさま」」
そう、同時に言って立ち上がる。
だが、さくらの目はそれを見逃さなかった。
【さくら】
「まちなさい」
【言三とうめ】
「「!!?」」
【さくら】
「二人とも、おろしなめこの入ってた器を見せて」
【言三とうめ】
「「は、はい」」
二人で一緒に器を差し出す。
俺もうめも、きのこを茶碗のカゲに隠している。
これはすり抜けられるかと思った次の瞬間。
なめこのヌルヌルが災いして。
茶碗の中になめこが滑り落ちてきた。
【さくら】
「あれ?おとうさん、好き嫌いはいけませんよ?」
【言三】
「えと、これは、あれ、おかしいな?」
【さくら】
「うめもきのこ残してるんでしょう?」
【うめ】
「いや~、そ、そそ、そんなことはぁ~」
うめがごまかしている最中、無情にもうめの茶碗の中にもなめこが滑って出てくる。
【さくら】
「ふたりとも、ちょっと座りなさい」
さくらの目が笑っていない。
むしろその目は怒りに燃えていた。
【さくら】
「もぉ、おとうさんはこの家の大黒柱なんだからしっかりしてください、きのこを嫌っていると長生きできませんよ」
【言三】
「はい、ごめんなさい」
【さくら】
「うめだって、きのこ残してばっかりだと良いお嫁さんになれないんだからね?」
【うめ】
「えええ?やだよ!」
【さくら】
「うめの子供にきのこ食べさせないなんてだめだよ、こんなにおいしいのに、きのこが食べられない子供になっちゃうよ?おかあさんもきのこ食べられないんだから自分も食べないなんて不良になっちゃうよ?」
【うめ】
「それはやだ!!」
【さくら】
「だから好き嫌いはダメ!分かった?」
【言三とうめ】
「「はい」」
【さくら】
「ちゃんとたべること、わかった?」
【言三とうめ】
「「はーい」」
そう二人で返事をしてから。
二人でなめこを食べる。
今見ればそんなに多くはない量。
二人で一気に口に入れて一気に飲み込む。
【言三】
「なぁ、うめよ、今度からはなめこはこうやって飲むことにするか?」
【うめ】
「うん、そうしようよ、さくらが作ったんだし、さくらはやっぱり残されて頭にきたんだよ」
【言三】
「そうだな、今回はさくらの気持ちを考えてなかったな、反省、反省」
【うめ】
「はんせー、はんせー、さくら、ごちそうさま」
【さくら】
「はい、おそまつさま、川で食器洗ってくるから、その間に二人は床を準備しといてね」
【言三とうめ】
「「はーい」」
そうやって今日も寝る時間がやってくる。
なんでもない日常のこと。
こうやってたまに起こられたりもするが。
一家そろって、何気なく過ごせる毎日がなんだかものすごく。
幸せに感じた日だった。
それがいつまでも続けば良いという希望と。
この平和もまた鬼によってかきけされるのかと言う失望が心の中で渦巻いていた。
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