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言三
むかしむかし、出羽の国の沖合いに。
鬼界島(きかいじま)と言う島があった。
そこには昔から鬼が住んでいるという、うわさがあった。
その昔は己の腕を試すため。
剣豪たちが訪れた。
しかしみな、鬼にかなわず。
本土に帰ってきたものはいない。
まさに鬼の支配する島。
その鬼界島は、やがて、大罪を犯した者が送られる、流刑の島となった。
本土で暮らす人間からは
「鬼に殺されてしまう、死罪になるのとかわらない流刑の島」
そう呼ばれ、恐れられた。
そんな鬼界島に。
幼くして母を亡くし。
流刑されてた言三(ごんぞう)と言う男がいた。
言三は畑からの盗みを繰り返し。
人の家に食い物を盗みに入っては生きながらえてきた。
しかし生きるためとはいえ、許されるわけも無く。
言三は7つのときに鬼界島に流刑となる。
それが、幼いがゆえの情けだったのか。
それとも、役人が直接手を下したくなかったと言う理由なのか。
誰にも分からなかった。
最初は、人間を誰も信じられない、荒くれた子供だった。
鬼界島の人の話も聞かず、野宿していた。
しかし、鬼がいる外は危険だと。
長老に諭され、長老の家に住み。
色々教わりながら。
立派に畑仕事ができるまで大きくなる。
16歳、年頃になった言三。
長老よりも昔から鬼界島に住んでいる。
名家の娘、とねのことを好きになる。
最初荒くれていた言三を怖がっていたとねだが。
言三のまっすぐな心に触れ。
とねも言三のことが気になり始め。
恋仲となる。
言三が17歳、とねが15歳のとき。
やがて結婚することになり。
長老や村人総出で言三の家が建てられる。
式などは無かったが。
村人全員に夫婦(めおと)として認められ。
言三ととねの夫婦生活が始まる。
二人で畑に出て。
芋やキビ、胡瓜などを作り。
実りに感謝し。
それは幸せな生活だった。
言三はこの島に来て。
まだ鬼に会ったことがなかった。
本当は鬼なんてのはいなくて。
村人たちの昔話だと思っていた。
村の北側の洞窟に住んでいる。
また山に木をとりに行った者が鬼に襲われて帰ってこない。
そんなうわさはこの村にきてから何度も聞いた。
でも鬼に殺された人の骸も見たことは無い。
村の周りに高く作られている大きな木の塀を越えて鬼が攻めてきたことも無い。
言三はこの島に鬼が住んでいるなんて話はただの昔話だろう。
そんな風に思っていた。
言三ととねが夫婦となり、5年の月日が流れた。
二人の子宝に恵まれた。
3年前の春に生まれた、双子の姉妹。
姉はうめ、妹はさくらと名づけられた。
二人が大きくなり。
乳離れをし、柔らかいものだったら口にできるようになった。
そんなある日。
長老が家へとやってくる。
長老は玄関に入るなり。
【長老】
「言三、いよいよ鬼が来るぞ」
そう告げた。
【言三】
「鬼が来る?」
【長老】
「そうじゃ、今日山に行ったものが、鬼の住む洞窟の近くで鬼火を見たそうじゃ」
【言三】
「鬼火?」
【長老】
「そうじゃ、その鬼火とともに鬼が現れたそうじゃ」
【言三】
「その鬼を見たというのは?」
【長老】
「五平じゃ、慌てて山を下ったから無事じゃった、しかし鬼が鬼火とともに現れるときは、必ず鬼は村に娘をさらいにくるんじゃ、今度の満月の夜に」
【言三】
「満月と言うことはあした?」
【長老】
「明日必ず鬼は娘をさらいに来る」
【とね】
「17年ぶりに、くるんですね」
急にとねに話に入られて。
言三が少し驚く。
【言三】
「とね、鬼を知ってるのか?」
【とね】
「鬼がどんな姿をしているのかは、覚えてません、でも私の叔母は私が3つか4つのときにさらわれていきました」
【言三】
「…………」
【長老】
「信じられないといった顔じゃな」
【言三】
「にわかには信じられない」
【長老】
「無理も無い、言三がこの島に来る前のことじゃらからな、今まで鬼がなぜ村に来なかったかわかるか?」
【言三】
「まったく見当もつかない」
【長老】
「そうじゃろうな、わしらは鬼と住み分けておるわしらが鬼を討ちに行かぬかわりに、鬼もこの村を襲うようなことはしない、それが住み分けじゃ」
【言三】
「それじゃあなぜ?娘をさらいに来る?」
【長老】
「考えてみろ、何百年も洞窟で孤独に暮らしておれば、寂しいじゃろ?」
【言三】
「だからといって娘を渡すんですか?」
【長老】
「ただおめおめと渡すわけではない、鬼が娘をさらいに来る日は、鬼との戦じゃ、言三も戦ってくれるな?」
【言三】
「分かりました」
【長老】
「それととね、分かっておるな?」
【とね】
「はい」
【長老】
「よろしい、言三、頼んだぞ」
【言三】
「分かりました」
長老は次に家に伝えに行くために。
言三の家をあとにする。
言三はとねに鬼が来た日の決まりについて聞く。
村で決まっているのは。
娘をさらわれないように15歳~25歳の年頃の娘は、村の一番奥の寺にかくまうとこと。
男たちは総出で鬼退治に向かうということだった。
【とね】
「言三さん、一つだけ約束して欲しいことがあるんです」
【言三】
「なんだ?」
【とね】
「私がさらわれたそのときは、なんとしてでも、生き残ってください」
【言三】
「何を言って?とねのことはこの命にかえてでも」
【とね】
「いいえ、生きてください、うめやさくらを守れるのはあなたしかいない」
【言三】
「だが」
【とね】
「あの子たちには親が必要です、それは言三さんが一番分かってるでしょう?」
【言三】
「……分かったよ」
【とね】
「お願いします」
その日、言三は、まだ眠くないと、ぐずるうめをあやしながら。
布団の中で感じていた。
鬼に殺されてしまうかもしれないと言う恐怖。
それと同時にこの娘たちですら、自分が幼い時と同じ孤児(みなしご)にしてしまうかもしれない。
そんな恐怖を感じながらゆっくりと眠りについた。
翌日。
村は朝から慌しかった。
村中にある、鍬や鎌を集め。
武装する男たち。
小さな子供は殺されないよう。
寺の奥に隠れさせられる。
そしてその子供たちを守るように。
若い娘たちが本堂に陣取る。
普段、坊主もいなく、人気の無い寺にみんなで息を潜める。
男たちは総勢60名ほど。
門の前と門から入り込んだ鬼を叩くための門守。
寺へ続く一本道を守る道守。
そして本堂への侵入を防ぐ寺守。
言三は道守だった。
鍬を持って他の仲間と鬼が来るときを待った。
そして寺の子供たちは寝静まった、草木も眠る丑三つ時。
門番たちがいる門の前で悲鳴が聞こえる。
言三の鍬を握る手にも力が入る。
ドンッ!!
地面が揺れる音がする。
それと同時に門の近くでもくもくと煙が上がる。
それは門が突破されたことを知らせる狼煙(のろし)。
その狼煙が上がってからほんの少したっていないのに鬼は歩いて言三たちの前に影を現す。
「悪鬼め、ぶち殺してやる!」
「油断するな相手は強い!」
それぞれに声を上げながら鬼を警戒する。
道守たちの近くに配位置された松明に照らされて、不気味な鬼が、その姿を現す。
6尺5寸(約195cm)はあろうかという巨体がゆっくりと歩いてくる。
漆のような、真っ黒の肌。
返り血を浴びて赤黒くみえる
頭に髪の毛は無く、牛のような太くて立派なツノが生えている。
松明に反射して、目が赤く、怪しい輝きを放つ。
右手には2尺7寸(約81cm)はある、長くて太い金棒が握られている。
ぐおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!
地面も揺るがすほどの咆哮。
道守たちがたじろく。
鬼が金棒を両手で握る。
全身から立ちこめる、この世のものとは思えないほどの殺気。
その鋭い眼光が道守達を威嚇する。
道守の先鋒が鬼にきりかかる。
鬼はそれをものともせず金棒で跳ね除ける。
飛ばされて、しりもちをついた相手に容赦なく金棒でとどめを刺す。
振り下ろされた金棒で頭蓋が砕かれる。
「畜生め!!なんて非道!!」
「化け物め!!恐ろしい力だ!!」
一気に道守たちの士気が下がる。
ここにいるみなが、「殺される」と言う恐怖に押しつぶされそうだった。
そんな中、道守の長、五平が声をあげる。
【五平】
「一人一人かかっていったんじゃ埒があかねぇ!!一斉に行くぞ!!」
その声とともに、一斉にかかっていく道守。
言三も遅れながら鬼に向かっていく。
目の前で振り払われていく道守たち。
石に頭をぶつけるもの。
金棒で薙ぎ払われるもの。
血が飛び散り、骸があたりに散らばる。
死体をかいくぐりながら。
鬼との距離を詰める。
6人でかわるがわる金棒を叩いて。
叩き落とす。
鬼の手から金棒が落ち。
その場にいた誰もが勝ちを確信した。
刹那。
鬼はきられるのを察知して。
鬼が素手で周りにいる人間を振り払う。
言三も、爪で顔を引っかかれ、遠くに吹き飛ばされる。
地面に強く体を打ち、言三は意識が遠のく。
気を失いそうになる。
言三は気を失うまいと歯を食いしばる。
あまりに強く背中を打ったため、息が止まる。
叫ぼうにも声すらあがらず。
目の前の時間がゆっくりとゆっくりと流れ。
言三の目は光を感じなくなってゆく。
言三が気がついたのは、道守達を倒して。
鬼が寺に向かう直前。
でも、言三はすぐには立ち上がれなかった。
全身が痛い、左目に光を感じない。
そう思った言三は左目に手をあてる。
指から伝わる皮ではない、肉の感触。
それと同時に顔面全体に伝わる鈍痛。
手の感触を通して自分の左目が失われたことを察する。
それを理解したとき、叫びたいくらいの激痛に変わる。
叫びたいのを奥歯を食いしばって耐える。
今ここで鬼に生きていることがばれてしまえば。
殺される。
そんな緊張が走る中、鬼はどんどんと寺に近づいていく。
とねの顔が頭をよぎる。
このまま倒れてはいられない。
全身が痛いのを我慢して寺のほうへ歩き出す。
打ち所が悪かったのか右足を引きずりながら、歩く。
よろよろと前に進みながら。
鬼に近づいていく。
目の前で鬼に殺されていく寺守。
寺の前についた時には。
すでに娘達が逃げ惑っている。
言三は無力さを感じながら、鬼にやっと追いつく。
鬼はとねを抱えて寺から出てきた。
【言三】
「とねはお前には渡さん、わたさんぞぉ!!」
そう言いながら鍬を振り上げる。
鬼はきられまいと、とねを楯にする。
頭に血がのぼる。
【言三】
「貴様、卑怯だぞ!!」
大声で怒鳴り散らす。
鬼はびくともしない。
とねをがっちりと抱え楯にしている。
言三にはどうすればいいか分からなかった。
今振り下ろせばとねは傷つく。
でも戦わねば、とねはさらわれてしまう。
【言三】
「畜生め!!」
言三が叫ぶ。
鬼はただその悔しそうな表情を眺めるだけ。
とねを守りたいという気持ち
でもきりかかればとねはケガをする。
板ばさみだった。
【とね】
「わたしのことはいい、うめとさくらを幸せに育ててあげてください」
その心の葛藤を止めたのはとねの言葉だった。
鍬を握りながら。
うめとさくらの顔がよぎった。
言三は葛藤する。
『いまここでうめとさくらの父親の自分が死ねば、自分が子供のときと同じ思いをさせる』
そう思い、言三は思いとどまった。
自分の妻が鬼にさらわれるのは悔しい。
妻もすごく怖いだろう。
でものその怖いはずの妻が、今自分をこうやって諭している。
妻はさらわれ、自分はここで死ぬ。
それはもっとも最悪な事態だ。
そう自分に言い聞かせて言三はゆっくりと鍬を下ろす。
鬼はその様子を見ながら、とねを抱えて走り去っていく。
その背中を見ながら。
『今なら、背中を見せている今なら鬼を殺せるかも知れない』
言三は倒れそうな体を引きずりながら、後を追いかけ始める。
三歩くらい前ん進んだとき。
鍬を取り上げ、自分を止める何者かがいた。
【言三】
「邪魔をするな!!」
怒鳴り散らす。
でもその相手を殴り倒すほどの気力も無い。
振り返って相手を確認する。
止めた主は長老だった。
【長老】
「やめんか、言三」
【言三】
「しかし、とねが、とねが、さらわれてしまう」
【長老】
「今お前が追いかけても、とねは助からん、それに洞窟でお前が殺されてしまったら、うめとさくらの面倒は誰が見るんじゃ?」
【言三】
「…………」
言三はとねにかけられた言葉を思い返し。
その言葉を噛み砕き、自分を無理やり納得させ。
その場にゆっくりと腰を下ろす。
【長老】
「それでいい、言三、この村に伝わるとおり、鬼にさらわれた娘は助からん、乱暴されて、食われるんじゃ、お前は鬼の怖さを知った、これで老人たちの昔話でないことは分かったじゃろう?」
【言三】
「…………」
何も言葉は出ない。
心の中には妻を守れなかったという無力さと。
子供を守らなければという気持ちだけが渦巻いていた。
長老】
「いいか言三、今度は鬼を成敗できるように、精進するんじゃ、お前の娘までとられては死んでもでも死に切れんじゃろう?」
長老がそう話しかける。
言三は何も言い返さない。
その背中からは。
鬼に対する復讐心と、娘を守り抜くという決意。
ただそれだけが感じられた。
【長老】
「そうじゃ、それでいいんじゃ」
長老は言三にそう言葉をかけると。
その場をあとにした。
残された言三はただただ地面を見つめては。
何かを考え込んでいた。
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