16.親の思い

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16.親の思い

 紗良さんがこの場を後にして、俺達二人きりの世界となった。  これが可愛い女子ならラブロマンスが始まるのかもしれないが、あいにく相手はクラスメイトの父親である。  しかも極道の組長……。一歩間違えればロマンスじゃなくてバイオレンスな事態になりかねない。絶対に選択肢を間違えられないだけに、人生で一番集中力を求められていた。 「……」  見つめ合うと素直におしゃべりできないのでチラリと組長を盗み見た。こんな状況で自分から話しかけるのって絶対に無理。言葉の選択肢を間違えた瞬間、あっという間にバッドエンドへ直行しそうで怖すぎるっ。  組長は考えをまとめているのか、目をつむって腕を組んでいた。威厳がありすぎて「寝てるんですか?」なんて言えない雰囲気。でも寝ていないんだったら早く話をしてほしい。沈黙の時間の方が居心地が悪い。 「で、和也くんよぉ……」 「は、はいっ」  先ほどまでとは違っていて、少し砕けた口調で組長は俺に目を向けた。 「君は、紗良の本当の彼氏じゃねえよな?」 「は、はいっ。……え?」  ニヤリと口角を上げる組長。俺は自分でも顔が青ざめていくのがわかった。  嘘がばれていたのだ。極道相手に嘘がばれた……。あわわわわわっ! 「ゆ、指を詰めるのだけはご勘弁を!」 「んなこたしねえから安心しろや」  一生指切りできなくなったらという恐怖で、ガバッと思いっきり頭を下げて謝った。けれど、返ってきたのは笑い混じりの言葉だった。  恐る恐る頭を上げると愛嬌のあるイケオジの笑顔があった。刀傷があるせいで怖さが完全に消えたわけじゃないけど、さっきまでの印象を変えるには充分だった。 「親に向かって嘘をついたのはいけねえことだ。しかし、そうまでして紗良の味方になってくれたことに関しては、俺は和也くんを悪く思わねえ」 「紗良は後で説教だがな」と快活に笑う組長。俺は苦笑いするのみ。説教を止めるとこまでは味方になれないよ。 「紗良にもアスカちゃん以外の友達ができたんだなぁ……」  組長はしみじみと独り言のように言った。たぶん本当に独り言だったのだろう。  遠い目をしながら顔を綻ばせるのを見れば、彼が紗良さんの父親と疑う余地はなかった。他人の俺でも、これが親の顔なんだなぁって納得してしまう。  ……でもね、友達と言われると反射で否定したくなる。恥ずかしいってより、なんだか上手く使われている感じが友人って感じじゃないんだよなぁ。もちろん素直に話してくれていたら、ここまで協力はしませんでしたけどねっ。  でも、なんというか、イメージと違う人だと思った。聞いていたイメージとかけ離れている。  紗良さんは親との折り合いが悪いようだった。勝手に婚約者を決めて、娘の意思など考えないような父親だと思っていた。そう聞いていた。  けれど、いざ話を始めたら婚約の話をすぐに引っ込めたり、自分の都合を押しつけるような言動もしていない。さらにはあんな顔まで見せられて……。ご職業のことはともかくとして、ひどい親とはどうしても思えない。 「あの、一つ質問してもいいですか?」 「言ってみな」  優しい顔を引っ込めた組長にギロリと目を向けられる。別に睨んだわけじゃないんだろうけど、自然体でも恐怖を与えてくる。こちとら一般人なのですよ。 「なんで紗良さんに許嫁を? すごく嫌がられたと思うんですけど……」  そう尋ねると、組長は深い息を吐いた。うん、呼吸すらプレッシャーを与えてくるとかどこの達人ですかね? 俺がビビっているだけと言えなくもないけれど。 「……紗良は、俺にワガママを言ったことがねえんだよ」 「え?」 「紗良は賢い子だ。俺どころか組に迷惑をかけねえようにって考えちまう。子供のくせに手がかかりゃしねえ……。だがな、自分を殺して生きろとは俺も組のもんも望んじゃいねえんだよ」  それで、わざと紗良さんが反抗するようにって仕向けたのか? 「でも、紗良さんは婚約の件を反対していたはずです。なのに今になってあっさり引き下がるのって変ですよ」 「今までは話にもならねえよ。今回は言葉も態度も示した。だから認めてやったんだ」  組長の声色は穏やかだった。穏やかに紗良さんの反抗は、反抗に値しないと断じていた。今までは意思を示す段階にも至っていなかったようだ。  それにしても、娘の成長を目の当たりにして満足したって感じがありありと見える。自由を手に入れるため、筋を通しワガママを通した。そんな紗良さんを誇りに思っているようだった。  なんという面倒臭い人だろうか……。  こんな親には関わりたくないね。いや、娘も似たようなもんか。親子揃って面倒臭いにもほどがある。 「こんなんで紗良さんが自由に生きていけるだなんて考えてるなら、大間違いですよ」  別に面倒臭いことに巻き込まれたから腹を立てたわけではない。断じてそうではない。  ただ、意図せず零れた言葉のはずなのに、俺は大して驚いてはいなかった。
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