8.一晩だけの付き合いだけど

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8.一晩だけの付き合いだけど

 何事もなく帰宅することができた。  それはいつも通りのことなんだけど、紗良さんとアスカさんにアプローチ(?)されたもんだから、なんだかんだで二人がマンションに回り込んでいるかもしれないと警戒していた。心配が杞憂に終わって良かった。 「親としっかり話し合うんだぞー」  他人事のように、実際に他人事だけど誰もいないところで応援を口にしてみる。我ながら自分勝手で無責任なことを言ったなと思う。 「おぉ……。なんかいつもと匂いが違うな」  リビングに入ると女子の匂いが僅かだが漂っていた。アスカさんと紗良さんの残り香だ。  寝室では残り香どころじゃなく、しっかり匂いが残っていた。特にベッドが女子が寝たのであろう痕跡があった。こんなに長い髪、絶対に俺のじゃない。 「シーツを洗濯するのは……また今度だな」  一人暮らしなだけに、毎日洗濯をするほどじゃない。まとめて洗濯するなら休日の方がいいだろうし。俺は別に気にしないけれど、今夜はアスカさんと紗良さんが眠った後のベッドを使わなければならなくなった。まったく、しょうがないなぁ。  部屋着に着替えて一人の時間を楽しむ。昨晩は緊張するばかりだったので、反動がきたかのように今はだらだらとリラックスしている。 「俺ってゲーム弱かったんだなぁ……」  昨日はアスカさんにゲームで負けてしまった。そのアスカさんは初心者であろう紗良さんに負けていたっけか。  ゲームに関して、対人戦にあまり興味がなかった。というか一人で完結するゲームばっかりやってたし。  でも、もしまたああいう状況になった時、それなりの腕を持っていたらと思った。 「そうすればエッチな罰ゲームを……。いやいや、俺は紳士だからな。だから負けたのは俺の意志なんだ。後悔なんかしてないし」  だけど、一応練習しとこうかな。俺はゲームを起動した。   ※ ※ ※  帰宅してからずっとゲームをしていた。帰宅部としては正しい時間の使い方である。 「そろそろ腹減ったな」  時計を確認すれば午後七時を過ぎていた。どうりで部屋が暗いはずだ。ゲームに集中しすぎて気になんなかったけど。  背筋を伸ばせばポキポキと音が鳴る。ゲーム内では強くなった気がするのに、現実の身体はなまっていた。いつか未来技術でゲームした分だけ身体を強くしてくれたらいいのにね。  簡単な料理ならできなくもないが、今から作るのは面倒だ。カップ麺とかでいいだろう。  お湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。本日は何十周年を超える歴史あるカップラーメンだ。シーフード味なので心持ちヘルシーさを感じるね。無粋なのでカロリー表示は絶対に見ない。  三分間の待ち時間で何かもう一品用意しようかとお湯の残量を確認していると、スマホから着信が鳴った。 「え、誰?」  聞き慣れない着信音にちょっとビビる。  スマホを持ってはいるが、電話として使うことがほとんどなかった。親から連絡してくることはないだろうし、弟は今年が受験生で兄に構っている暇はないだろう。友達? 何それおいしいの?  画面を確認すれば「ああ」と納得した。  表示されている名前は『渡会アスカ』だった。 「今日の放課後に連絡先交換したばっかりじゃん……」  まさかその日のうちに電話がかかってくるとは思わなかった。なんだろう、ものすごく面倒な用事の気がする。 「はい、室井です」  とはいえ無視するわけにもいかない。電話に出た瞬間、空気が割れそうな勢いの大声が響いた。 『カズっち! 紗良がっ! 紗良が大変なことになったのよ!!』  うるさすぎて耳元からスマホを離す。しかし、切羽詰まった言葉に、慌ててスマホを耳に当て直した。 「な、何? 紗良さんがどうかしたの?」 『紗良が大変で! 逃げ出しちゃって! 今、カズっちの家に向かってるの!』  まったく話が見えない。アスカさん説明下手すぎ問題。 「とにかく落ち着いてアスカさん。何がどうなってるのか全然わからないって」 『とにかくカズっちは駅に向かって! 紗良はそこからカズっちの家に行くつもりだから! じゃあ頼んだかんねっ!!』  それだけ言い残して電話を切られた。 「嘘だろ……意味わからん……」  もしかして、陽キャって言語以外のコミュニケーションの手段を持っているんじゃないだろうか? じゃなきゃ、あれだけの説明にもならない言葉で話が通じたとは普通思わないでしょ。 「意味わからんけど、このまま放ってもおけないよなぁ」  とにかく、急を要する事態ってことは伝わってきた。  アスカさんは駅に向かって、と言っていたな。とりあえず最寄りの駅に行けばいいか。 「大変なこと」だとか「逃げ出しちゃって」だとか、不穏な単語が気になる。紗良さんが一体どうなっているのか、一晩だけの付き合いしかないけれど心配になった。……一晩だけの付き合いって、なんだかいかがわしく聞こえるな。  外出着に着替えて、俺は家を出た。お湯を入れたばかりのカップラーメンは、残念ながら諦めなければならないようだ。
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