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四
この日は三時間目から文化祭の準備で一日つぶれる。
健はそのまま、帰宅することにした。
明日以降、どうするか?
現実的で切実な問題がまだ残っているが、ともかく今日の危険は回避できる。健は念のため、北門、通称「裏門」から学校を出た。北口からは駅の西口、通称「裏口」に続いている。田畑に囲まれ、林の中を通る寂しい道。
「お母さんに電話して、ストーカー女を何とかしてもらおう」
林の中。ともかく一度、母に電話を入れることにした。
(もう大丈夫)
という安心感が、いつもより健を大胆な性格に変えていた。
「IQ低いストーカー女! 夜中まで校門で、僕のこと待ってればいいんだ」
勝利者の笑顔で立ち止まり、スマホを取り出したとき!
次の瞬間!
スマホが右手から消えた。
その代わりに意地悪な笑い声が聞こえてきた。
ベートーベンの『運命』のイントロと重なって聞こえる。
健は一瞬で全身が凍りついた。
制服姿の月影サキが、健のスマホを右手に立っていた。
「ヤッホー! IQ低いストーカー女だよ〜~。早退して裏口から脱出。ちょっと初歩的すぎるんじゃない?」
サキがニヤニヤ笑っている。
「やっぱり君って、本当にダメな子だね」
健のスマホを操作しながら意地悪く言う。
(逃げなければ……)
健は自分に言い聞かせていた。何をしなければならないのかよく分かっているのに、足が一歩も前に進まない。
「日下くん。四年前の『特訓』の約束どうなったの?あたし、ずっと待ってたんだけどサ!」
月影サキが陽気に話しかけてくる。
「今日までずっと君を待ってた。約束した『特訓』に来るのを……」
サキが健の頬をパシパシと音を立てて叩く。
「そんな一方的な約束、無効だ」
なんて強気な言葉、今の健には絶対に言えません。
「君は私の貴重な時間を奪った」
次は頭をゴシゴシしてきた。
「約束を破った罪は重いからね」
サキが手錠を取り出した。鈍い銀の光に重々しいふたつの輪。
「君のこと、逮捕するから」
健の両手首に手錠がはめられた。
サキの高笑いが、木立ちの葉を激しく揺さぶる。
これがサキから逃げ出した健への恐ろしいリベンジの始まりとでも云うのだろうか?
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