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②コロッケ
お父さんは川にかかる橋を僕の手を繋いでトボトボ歩く。歩くたびに、揚げものの匂いが濃くなった。
「ちひろ、コロッケ買おうか。」
「うん。」
お父さんはポケットから小銭をじゃらと出して
「何コロッケが良い?」って。
「お芋。甘いの。」って、僕が言うと、良いよってにっこりする。さっきまでのうるさいジャラジャラの前とは違う顔で。
こっちのお父さんの方が好きだ。
お肉屋さんは、道路に面していて、揚げたてのコロッケはバットに並んでいた。狐色のツヤがあって、うんと美味しそうだった。
「男爵…カニクリーム、さつまいも。」
そう言って3つコロッケを買う。
「お母さん、夜には来るからな。」
お父さんのアパートまでコロッケのいい匂いを嗅ぎながら歩く。
「ちひろ、秋にはお父さん引っ越すから。そしたらもう会えない。元気にしてろよ。」
会えないって言う言葉だけはっきりわかった。
「なんで?」
「ん?遠くに行くから…。」
「いや!お父さん好き。お父さんに会いたい!」
「ちひろ、お父さんも、ちひろ好きだよ。でも、もう会えないんだ。」
その日食べたコロッケの味は今でも覚えている。甘いのにしょっぱい。僕は、お父さんにもう会えない寂しさでずっと泣いていた。
今となっては決していい父親ではなかったことがわかる。
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