攻める私

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攻める私

「菅原くん、出るよ」 私はそう声を掛けると、社屋を出て駐車場へと向かう。 彼は、営業5人をグルグルと回っているので、数日置きに一緒になる。 その時はなるべく、社内仕事より外に出るように言われている。 「今日のクライアントは初めのところなの。  税理士の先生から紹介してもらった会社で、製造業ね。  若手とベテランの世代間ギャップを埋めるような何かがないか、と言ってきてるわ」 私はとりあえず、二種類の企画書と一応の予算書を作ってきていた。 「内容は、過去に他社でやったものの焼き直し。   話の成り行きはどんなふうになるか分からないから、資料は出さないこともあるけど、一応見ておいて」 助手席に座る菅原くんは、クリアファイルに入れた予備の資料に目を通している。 「今回はどこから攻めるんですか?」 「まずはそれぞれが自己分析をして、自分の大切にしたいものを再認識させる。  その上で、例えば若手がプライベートを優先したい、ということであれば、自分にとってそれがどのくらい重要なのか、周りの人にちゃんと伝えないといけない。  それに、周りとWinWinの関係を作るには、相手の大事にしたいものも理解し、尊重してあげなければいけない、ということを意識させる。  そうやって適度な情報開示や相互理解が必要だということを伝えておいてから、部署ごとに、それぞれの大事にしたいものを共有しあう時間を作ってもらうのよ」 「それで、お互いを大事にしよう、という気風を作るわけですか。  今回も、なかなか時間が掛かりそうな仕掛けですね」 「できるならその後で、職場ごとの問題点を同じ立場に立って出し合い、その解決策を検討してもらえるような時間を作ってもらう。  それぞれ違った価値観を持っている人たちが、共通の課題に対して、みんなで話し合ったという時間が作用して、そこの職場の雰囲気が良くなる可能性が高い」 「なるほど、そうですね」 「こういうのは、知識講習だけだと『ふ~ん』で済んでしまう。  だから順序としては、自分の内面に目を向けてから、周りの人を見てもらう、というのは、実際にやってくれる先生からの受け売りだけどね。  結構、周りの人のことに興味を持たない人って多いから」 「プライベートを過剰に重視する時代になってますからね」 「そう。こういう心理面を動かす研修って難しいんだよ。  だからツボにはまらないこともある。  相手が納得してくれなければ、ゴリ押ししない方がいいかもね」 クライアントの駐車場に着いてから、いつものように時間調整をする。 「…僕は飛高さんに興味があります」 「は…?」 「仕事終わったら、時間取ってもらえませんか?」 「……仕事中に何言ってるの、行くよ」 私はそう言い捨て、少し早かったけど、車から降りた。
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