俺たちの関係

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 「なぁ、龍希(りゅうき)?お前、春奈(はるな)とどういう関係なんだよ」  出た。もうこのセリフは聞き飽きたってのに。    「和也(かずや)。なんだよ急に」  「いや、だってお前ら仲良くね?いつも楽しそうに話してんじゃん」  「そうか?」  「うん。それに、あいつ、いつも彼氏欲しいって言ってんじゃん。あれ、絶対お前に聞いて欲しくて言ってるって」  「えー、そんなことないだろ」  そう言いながら俺は空を見上げた。もし、もし本当に春奈と両思いだったらすごく幸せなんだろうなと、叶いもしない夢を俺は心の中で呟いた。 ーーーー俺は龍希。テニスサークルに入っている大学二年生だ。  俺は今、サークルの飲み会に来ている。付き合いで仕方なく来ているが、正直飲み会は好きじゃない。みんなみたいにお酒を飲んでもテンションは上がらないし、記憶も飛ばない。むしろ冷静になるだけだからテンションを合わせるのがすごく疲れる。    今目の前にいるこいつもそうだ。同じ経営学部の春奈はもう七杯飲んでいるのに、平然としている。  「あ〜。彼氏欲しいぃ」  このセリフだって、酔ってるから言ってるのではない。暇さえあれば春奈はいつもそんな事を言っている。  「そんなに欲しいの?彼氏」  「ん?」  「いっつも言ってんじゃん。それ」  「あー…。実を言うと、そうでもない」  「なんだよそれ」  「いや、だからさぁ」  春奈は周りの様子をキョロキョロと見た。  「…他の人には言わない?」  「え?まぁ、言わないけど」  「実はさ、別に彼氏そんなに欲しいわけじゃないんだよね」  「どういうことだよ、それ」  「私だけを見てくれる人が欲しい」  そういう春奈の目はどこか寂しそうだった。  「なんかさ、友達とか親友とかってすごく大雑把だと思わない?誰かにとっては話したことある人はみんな友達だし、誰かにとっては遊んだことある人だけが友達でしょ?」  「確かにな。親友もどこからがってわかりにくいよな」  「うん。そうなの。龍希にとっての親友は和也?」  「…まぁ、そうだけど」  「なんで?」  「なんでって、そりゃ、お互いに俺ら親友だよなって言ってるし。しょっちゅう遊びに行くし。一番なんでも話せる仲だから、かな…?」  「ふーん」  「なんだよその反応」  「いやさ、私、親友いないんだよ」  「へ?」  「親友って呼べる人が一人もいないの。中学、高校と学校が変わるたびに友達も変わって、いるのは表面上の友達だけ」  「そうなの?普通に友達いるように見えるけど」  「そりゃあ、そう見せてるからね。でも、大学を卒業したら、多分誰とも会わないよ。だって、私なんていてもいなくても変わらない存在だもん」  俺にもその気持ちはわかるような気がした。自分にとっては大切な存在でも相手にとってはそうでもないなんて、人と関わって生きていれば何度も経験することだ。  「なんていうか、あー、この子、今一人になりたくないから私に声かけたな。とか、それってつまり、課題の答え教えて欲しいだけだよね。とか、別にそれ、私じゃなくてもいいよねってのをずっと感じてる。私は彼女達にとってただの友達っていう存在。春奈が必要なんじゃなくて、友達が必要なだけなんだよ」  俺は春奈の口からそんな言葉が出たことに驚いた。春奈に友達がいないイメージはなかったが、春奈の交友関係は浅く狭くなのだろうか。  「そういうの、確かにあるよな。自分にとっては特別でも、相手にとってはただの友達みたいな」  「そうなの!わかってくれるんだ〜。その、よく、連絡くれる友達とかさ、私は仲良いからそうしてくれてると思ってたけど、実は色んな人にやってたみたいな。そういうのちょっとショックで」  「それはわかったけど、それが彼氏欲しい理由になんの?寂しいって事?」  「うーん。まぁ、寂しいのはあるんだけど、ちょっと違うかな。なんていうのかな、例えばさ、仲の良い友達と二ヶ月に一回しか会わなくても、クリスマス一緒に過ごさなくても、それって別に大きな問題じゃないじゃん?」  「うん」  「でも、それが恋人になるとそれはひどいね。ってみんな言ってくれるでしょ?」  「うん?」  俺にはいまいち言っている事わからなかった。恋人と一括りに言っても、そのカップルによって色々ルールがあると思っているからだ。  …でも、確かにクリスマスは恋人と過ごすという文化が存在しているのも俺は知っていた。恋人がいるってだけで、どうせクリスマス一人じゃないんでしょ?みたいなそういう空気は出るものだ。  「つまりさ、恋人になるっていうのはなんだよ」  「契約?」  「そう。付き合ってください。お願いします。っていう会話を通して、その二人は初めて恋人になる訳じゃん?その時点で、その人達は契約を交わしてるわけよ。あなたの事を一番に考えて、一番大事にしますって」  「まぁ、それが恋人だろうな」  「でしょ?だから、大切な記念日は一緒に過ごすし、お互いを特別な存在として認め合う。逆に、他の異性と仲良くしたり、他の用事を優先したら、それは契約違反になる。まぁ、よっぽどの事情があったらしょうがないけどさ」  俺はようやく春奈の言いたい事を理解した。 …春奈にとっての恋人とはそういう存在なのか。俺はなんとも言えない感情に襲われた。  「なるほどね」  「わかってくれたかなぁ」  「なんとなくな」  「本当?まぁ、つまり、私は友達みたいに沢山いるうちの一人じゃなくて、誰かの特別になりたい。恋人は一対一の関係が普通でしょ?だから彼氏が出来たらその人にとっての彼女は私だけなわけで。その人の彼女でいる間、彼にとって特別な存在になれるんだもん」  春奈はまるで恋をする少女みたいな目をしていた。そこにはきっと、恋なんて存在してないのに。要するに春奈が求めているのは、好きな人と結ばれることじゃない。彼氏という存在が欲しいだけだ。  そんなの、春奈の友達が春奈に求めてることと同じなのではないか?とも思ったが、俺はそれを口には出さなかった。  「じゃあさ、好きじゃない相手でもいいの?」  「うーん。どうだろ。相手が私のこと大切にしてくれれば、良いかも。そりゃ、恋出来たら最高に楽しいと思うけどね」  「…お前、好きな人とかいるの?」    俺は自分から言っておいて、言わなきゃ良かったと後悔した。なんで言った後に後悔するかな。こういう発言は気軽にするべきじゃないのに。酔いが回っていないとはいえ、俺も居酒屋の空気に飲まれていたのかもしれない。  「いや、いない」  「本当に?」   俺は思わず聞き返した。  「うん。でも、いたとしても私言わないと思う」  「なんで?」  「だって、自分に自信なんてないもん。相手が好きになってくれたら、私も好きになる権利がやっと与えられるような気がしちゃってる。私、ちょっとおかしいんだよね」  春奈はそう言い寂しそうに笑った。本当は春奈も好きな人を作って好きな人と結ばれて。そんな恋をしたかったのに、色んなことを考え過ぎていつの間にかこんな考えに行き着いてしまったのだろう。  好きになる権利、か。俺はそれ、持ってんのかな?  「別に良いじゃん。誰を好きになったって」  俺の口から次に出た言葉はそんな言葉だった。 誰を好きになったっていいなんて、よくこんな言葉が出たな。と我ながら思った。これじゃまるで、自分に言い聞かせてるみたいだった。  「まぁ、そうだよね」  「うん」  「じゃあ、龍希は?好きな人いんの?」  …。嘘は、つきたくないんだよな。  「俺は、まぁ、いる、けど…」  「え!?いんの!?誰誰!?」  「教えねぇよ」  「いいじゃん、別に!!」 ーーーー  飲み会からしばらくだったある日。春奈に彼氏が出来た。その彼氏は春奈の事をちゃんと好きだと思ってくれる相手だった。春奈はそのことを俺に嬉しそうに報告してきた。  春奈の望み通り、二人はよく出かけて、誕生日にプレゼントを送り合って、クリスマスを一緒に過ごした。でも、春奈は日を重ねれば重ねるほど、辛そうだった。  ある日の授業終わりに、春奈が俺に声をかけてきた。  「ね、この後時間ある?」  「あるけど、これってお前の中で契約違反なんじゃねぇの?」  「…。たしかに。バレなきゃ良いとかある?」  「そんなのお前の心に聞けよ。まぁ、カフェとかがあれなら、公園でも行く?」  「うん、そうしたい…」  今まで自由奔放に生きていたはずの春奈は、まるで鎖で締め付けられたかのように苦しそうだった。  「それで?相談かなんか?」  「うん…」  「…別れんの?」  「…うん」  俺は、正直そんなところだろうと思っていた。  「なんで別れようと思ったの?」  「なんか、違った」  なんだそれ。  「私は誰かの特別になりたかったんだけど、やっぱ、私にその気持ちがないと無理だった。彼にとって私が特別になっても私にとって彼は特別じゃない。だから、その思いの差が苦しくて。私の事を第一に考えてくれるのは嬉しい。でも、なんかいつの間にか、一緒にいる時間が苦痛になってた。好きになるとか以前に、なんかもう無理かもって思っちゃった」  「そりゃそうだろ。同じ気持ちじゃなきゃ、付き合うのって辛いよ」  「…。もしかして、そういう経験がお有りで?」  「いや、ねぇけど」  「なんだないのか〜」  俺は淡々と返したが、内心は、あるわけねぇだろ。俺の想いは、相手に届いてないんだから。とやり場のない気持ちが自分の心に八つ当たりしていた。  「まぁ、それならしょうがないんじゃねぇの?好きでもねぇのに付き合うのって、春奈も辛いし、あっちもしんどいよ、きっと」  「そっか、そうだよね。ありがとう。こんな事相談できるの龍希しかいなくて…」  「お前、友達いねぇのかよ」  「本当失礼だなぁ。いるよ、友達はいるけど、こういうの話せるのは龍希しかいない」  その言葉に俺はなんて返せば良いのかわからなかった。春奈にとって俺はどういう存在なのだろうか。  「まぁ、相談くらいいつでも乗るよ」  と、無難な返答を返す。  「ありがとう。龍希もいつでも乗るからね。恋の相談!」  次に春奈はそう言い、笑顔で俺の方を見た。  俺だって、出来ることならすぐにでもしたかった。でも、俺は春奈の彼氏みたいに自分の想いを伝える自信がない。そうしたところで、関係が崩れていく未来が俺には見えていたからだった。  「おう、ありがとな」  春奈は駅に向かって去っていった。でも、俺はなんとなく家に帰りたくなくて、しばらく一人でブランコを漕いでいた。久しぶりに漕ぐブランコは、自分が風になったようで気持ちよかった。  俺の恋も、中々上手くいかねぇな〜。なんて柄にもないことを考えながら俺は空を見上げていた。  気づくと辺りは暗くなっていた。そろそろ帰るか。そう思っていると、ものすごいスピードで人影が近づいてきた。    全速力で走る人影の正体は春奈だった。  「龍希!!」  「え?なに、お前戻ってきたの?」  「戻ってきた!今、彼氏と電話して別れよって言ってきた!」  「それで?」  「別れてくれた!」  あまりに淡白な別れに俺は驚きを隠せなかった。  今までの話を聞いている感じ彼氏は結構重い人だったのに、引き留めたりはしなかったのか。と今すぐ聞き出したかったが、俺は冷静に会話を運んだ。  「よく別れてくれたね」  「いや、それは、」  「なんて言って別れたの?」  「好きな人、出来たって」  …好きな人?  「本当にそう言ったの?」  「うん。言った」  はぁ。春奈、お前ってやつは…    俺は心の中でため息をついたつもりだったが、多分そのため息は春奈にも聞こえてた。  「それ、嘘だろ?」  俺は珍しく真剣に言った。いつもだったら気づいていても言わないのだが、なぜか今はそうしなくてはいけない気がした。  「え?」  「前に言ってたじゃん。好きな奴出来ても言わないって」  「…言った」  「何?心境の変化でもあった?」  「…」    春奈は何も言わず、ただ黙り込んで下を向いた。 春奈のなんともいえない表情に、俺はどんな気持ちで春奈話せばいいのかわからなかった。春奈は一体今何を考えているのだろうか。心拍数が少しずつ上がる。  「なんでそう言ったんだ?」  「そうでも言わなきゃ別れられない気がしたから」  「それで?今から、好きな奴に告白でもしに行くの?」  冗談ぽく言ったつもりだったが春奈の目が見開いたのを見て、俺はまたやってしまったと思った。深い話をしてるのに、無意識のうちに聞いてしまっていた。これはいつものでは誤魔化せそうになかった。  「うん。告白する」  そんなことを考えているうちに、春奈は真っ直ぐな目でそう答えた。  春奈が今、本気で言ってることはその目を見ればわかった。嘘じゃない、本気の表情。俺は驚くほど落ち着いていたが、少しだけ心拍数が上がり、鼓動が鼓膜に響いた。  「あ、待って、その前に」  「いや、なんだよ、ビビらせんなよ」  「その、…龍希の好きな人って誰?」  急な質問に思考が停止しそうになる。  今それを聞いてくることは予想外だった。俺はなんと答えれば正解なのか思考を巡らせ、少し経ってから答えた。  「なんで教えなきゃいけないの?」  「気になるから」  「知ってどうする?」  「それによっては、その、色々変わってくるでしょ?」  春奈は首を傾げてそう言った。俺は本当に春奈の考えがわからなかった。本当に何がしたいのだろうか。ただ一つわかることは、この返答がすごく重要だということだけだ。  「あー、じゃあ、もし、俺が好きな人は春奈だって言ったらどうする?」  冷静を装って俺はそんな言葉を口にした。取り返しのつかない行動をしたとわかりながらも、誤魔化し方を俺は知らなかった。  「…告らない」  春奈のその言葉に俺は目を見開いた。  「それどういうことだよ」  「私、言ったでしょ?彼氏が欲しいのは誰かの特別になりたいからだって」  「うん」  「で、龍希が言ったじゃん。同じ気持ちじゃなきゃ付き合うのって辛いって」  「あぁ、言った」  「じゃあ、龍希も私のこと好きじゃなかったら、上手くいくかなって…」  俺の思考は限界を迎えた。本当に理解が出来なかったのだ。さっきから春奈は何を言ってるのだろう。春奈は、俺のことを好きではないらしい。その事実を俺はどう受け止めればいいかわからなかった。  「なに?俺のこと好きじゃないってこと?」  「好きじゃないっていうか、ラブじゃない。ライク」  春奈は言いにくそうに俺にその言葉を放った。  だが、俺はその言葉を聞いて内心ものすごく安心していた。  「んー、なるほど?」  「だから、教えて欲しいの。龍希の好きな人」  俺の、好きな人…。俺は平常心を保つのに精一杯で、言葉が出て来なかった。  「いいじゃん。私も全部話したんだし。そろそろ教えてくれても良くない?」  「この感じで言うの、スッゲェ気まずいんだけど」  「え、もしかして…」  冗談ぽく笑ったつもりだったが、多分今の俺の顔は相当ひきつっている。好きな人の名前を言うのってこんなに緊張するんだ。と初めて恋をした少年みたいな気持ちがぐるぐると頭を回る。  春奈は俺の気持ち知ったらどんな反応するのだろうか。  でも、確かに春奈はこんなに話してくれたのだ。  とは言っても、別に俺が頼んだわけではないし。  いや、そんなことより!!  変な誤解が生まれる方が苦しいという事に俺は気づいた。  すると沈黙を貫く俺に、春奈は言った。  「龍希、本当に私のこと好きなの!?」  「ちげぇよ。和也だよ!」  「…え?」    俺は、否定したくて反射的に事実を言ってしまった。わかっていた反応とはいえ、実際にされると相当きつい。だから言いたくなかったのに…  俺はどうすればいいのだろうか…  「え、和也が好きなの?」  「…そうだよ」  「え、親友の和也?」  「だから、そうだって言ってんだろ!?」    俺は思わず声を荒げた。  やっぱり言うんじゃなかった。今までずっと隠してきたのに。誰にも言うつもりなんかなかったのに。自分で自分を馬鹿としか言えなかった。この流れで冗談と言えない事もわかってるし。言葉をこんなにも取り消したいと思ったのは人生で初めてだった。    「あーー、よかったーーー」  …え?  俺は春奈の一言に、言葉も出なかった。  「まじで私のこと好きなんじゃないかと思って凄い焦った!え、待って嘘とかじゃないよね?見栄張ったとかじゃないよね?」  「え、あ、いや、この後に及んで嘘なんかつくかよ。それに嘘つくんだったらもっと可愛い女子の名前とか出してるよ」  「確かに、それもそっか。って、ちょっと!」  俺は春奈がすんなりと受け入れてくれたことが意外すぎて、言葉が出なかった。  「…。もっと、驚くかと思った」  「え、何が?」  「いや、だって、俺、男なのに男が好きなんだぜ?普通じゃないっていうか」  「えー、普通ってなに?そんなこと言ったら好きな人いないのに彼氏欲しい私も普通じゃないってこと?別に良いじゃん。恋の形なんてなんでも」  春奈の言葉に俺はなんだか涙が出そうだった。  「でもさ、その気持ち言わないの?」  「言わねぇよ」  「なんで?」  「なんでって、あいつ今彼女いるし。俺は、親友っていう関係を壊したくない。だから、想いを伝える気はない」  「…。でも、それって辛いよ」  「あぁ、すげぇ、辛ぇよ」  辛いとか、俺は何浸ってるんだろう。そう思いつつも、俺は言葉にして初めて、自分は辛かったのだと認識した。今までは言葉にする事が怖かったけど、言葉にする事で俺は少しだけ救われた。  「ねぇ、龍希?」  「…なに?」  「やっぱりさ、私と」  「いや、だから付き合わねぇって」  「ダメ?」  「ダメだろ」  「んー、まぁそうだよね。じゃあさ、」  「今度はなんだよ。プロポーズ?」  「まさか!」  「じゃあ、何?」  「私と、なんでもない関係にならない?」  春奈は俺の目をまた真っ直ぐに見つめてそう言った。春奈も自分が変なことを言っていると気づいているのだろう。でも、もう俺たちの間で気持ちや思いを隠す必要はないと春奈が思った事を、俺は悟った。  「なんでもない関係?」  「そう。なんでもない関係。友達でも、親友でも、家族でもないけど、赤の他人でもない。ただ、寂しい時にはそばにいて、辛くなったら話をして。特別じゃないけど、お互いを必要とする。ただ、それだけの関係」  「んなもん、友達と変わらなくね?」  「友達はさ、なんか重い…」  友達が重いか…。春奈らしい言葉に俺の口元は緩んだ。  「ははっ。友達に重いとかあんの?なんだったんだよ。俺らの関係」  「友達。友達だよ。だから、それをやめて、なんでもない関係になりたいの」  「まぁ、いまいちわかんねぇけど。要するに、友達っていう存在として見たくねぇってこと?」  「あぁ、そうそう。友達じゃなくて、ただの春奈と龍希。ただそれだけのなんでもない関係」  春奈はそう言い、照れくさそうに笑った。春奈と一緒にいると幸せな気分になれる。なんで彼氏が出来ないんだろうかと不思議でしょうがない。こんないい奴他にいないのに。  「いいよ、なろうよ。なんでもない関係に」  「うん、ありがとう」  そうは言ったものの、それから俺たちがすることは特に何も変わらなかった。普通に話して、暇だったら話しかけて。時々遊びに行って、ご飯を食べて。でも、前より友達としてじゃなくて、春奈として、あいつのことを見れるようになった気がしていた。よくわかんないけど前より人生が楽になった気がして、空気が軽かった。  俺は今まで、春奈を好きになれたらどんなに幸せだろうかと思っていた。和也を好きにならなかったらどんなに幸せだろうかと考えていた。でも、俺は俺のままでいいと、俺の人生もそう悪くはないと、春奈は俺に教えてくれた。 ーーーー  「おーい、龍希〜?」  「なんだよ。和也、お前酔いすぎじゃね?」  「二杯しか飲んでねぇよ」  「そうかよ」  「うん。…なぁ、やっぱりさ、龍希と春奈って付き合ってんの?」  「付き合ってねぇけど」  「本当に?」  「本当だよ」  「でも、春奈、最近彼氏欲しいとか言ってるとこ見ないし、お前と前より仲良さげじゃん?」  「まぁ、そうだな」  「だろ?付き合ってないなら、二人ってどういう関係なの?」  「うーん。なんでもねぇよ」  
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