《桜雨の便り》

1/1
前へ
/13ページ
次へ

《桜雨の便り》

 桜雨は毎年狙ったように降るものだ。  さくらが旅立った日、私は自分の内側から、さくらを散らす雨を降らせた。  そこに温もりがあったか、真に優しさで満ちていたかは分からない。  しかし桜雨が降るとき、さくらは雨音に忍ばせて小さな便りをくれる。  ありがとうの言葉。  楽しかったの言葉。  嬉しかったの言葉。  私は文字と雨音の海に身を預け、それを聞く時間を大切にしている。  今年も、さくらから便りをもらった。  あるいは、今読んでいる小説の一説だったかも知れない。  想像の中で聞くさくらの声が、私にこう伝えてきた。 「千晶がくれた優しさは、今でも忘れないよ。だから、せめて良い犬であるように演じてた。次に会ったときは、少しでいいから(わが)(まま)を言わせてね」  当たり前だよ……。  私は手で顔を覆い、そして──、思い切り泣いた。                                      (了)
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加