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《雨音の中で》
桜雨──桜が美しく咲いた頃合で、せっかくの花を散らしにかかる雨。
今年は例年よりも季節の進みが遅く、桜の開花も十日ほど遅れた。それでもこの桜雨というやつは、時期や気温にかかわらず、花を叩き、それを散らそうと企んでいる。
私は毎年のように、この雨そのものがあの子からの便りだと思い、その日は部屋の窓辺にて、読書に耽ると決めている。
読書が趣味というわけではない。仕事のための専門書、気分が落ちたときの心療本を読む以外で本を読む機会はない。特に小説などは、作り物の娯楽としか思えず、そこに長い時間をかけるならば映画を観た方が早いと思っている人間だ。
しかし、桜雨の降る日には小説を読む。私を浸らせてくれる文章を書く作家が数名おり、彼らの新作が出るたびに買って積んでおくから、時々の気分に応じて、その中の一冊を選び、文字の海を揺蕩う時間としている。
足場がなく、ただ揺れる。物語としての感動を求めてはいない。作家は定期的に新刊を出すから売れているのだろうが、多くの国民が認知しているほどではない。話の軸である主題や、展開の妙を楽しむこともしない。ただ揺れて、ただ波に心を洗ってもらう。私は文字の羅列の中にあの子を浮かべ、あの子のために一冊分の時間を捧げる。そうすると、毎回雨音の中で、あの子の声が語りかけてくるような気がするのだ。
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