《満開の桜の下で》

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 やがて迎えた四月十一日。  早く春めいたわりに遅く、町の桜が満開を迎えた。  私はさくらを連れ、この町では名所と呼ばれる川沿い遊歩道に行った。そこで持参の弁当を食べながら、一緒に時を過ごしたかった。  ひらり、はらり、桃色の(はな)(びら)が流星のように舞い落ちる。 「きれいだね」  私が言うと、さくらは伏せした状態でそれを見つめた。  麗らかな日和で、風も少ない。眠気はないが眠気を催すような時をふたりで過ごした。  私はさくらの身体を撫で、美しい花と川の流れる音の中に(しあ)(わせ)を感じた。  午後三時を過ぎた頃、空気が途端に冷えてきた。望んでいた花見も叶い、そろそろさくらを家に帰そうと立ち上がる。  けれども、さくらは少しも動かない。  伏せした状態で、穏やかに眠ったままだ。  何度か、身体を揺らしてみた。そうするほどに、涙が止まらなくなった。  私は気づいてしまったのだ。  さくらがもう二度と目を開けてくれないことを。  いくら揺さぶっても、何の反応も変化もない。さくらはただここに在って、ついに命を閉じた。おそらくは、この花見を私にさせるため、峠を越えて生きていてくれたのだろう。  喪失感はどうにもならない。  だが、哀しみや寂しさばかりで送りたくなかった。  涙を(こら)えず、(はな)も垂れるに任せ、絶叫もせず、痛む心臓を握り潰し、私は告げた。 「……精いっぱい愛したよ。私にはこのぐらいしか与えてあげられなかった。またいつか会おうね。私は、さくらに会える日を待ってる」  愛おしさだけ。  その感情に偽りはない。  ふたりで過ごした短い日々を、どうか、忘れないで──。
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