49人が本棚に入れています
本棚に追加
やがて迎えた四月十一日。
早く春めいたわりに遅く、町の桜が満開を迎えた。
私はさくらを連れ、この町では名所と呼ばれる川沿い遊歩道に行った。そこで持参の弁当を食べながら、一緒に時を過ごしたかった。
ひらり、はらり、桃色の花弁が流星のように舞い落ちる。
「きれいだね」
私が言うと、さくらは伏せした状態でそれを見つめた。
麗らかな日和で、風も少ない。眠気はないが眠気を催すような時をふたりで過ごした。
私はさくらの身体を撫で、美しい花と川の流れる音の中に幸福を感じた。
午後三時を過ぎた頃、空気が途端に冷えてきた。望んでいた花見も叶い、そろそろさくらを家に帰そうと立ち上がる。
けれども、さくらは少しも動かない。
伏せした状態で、穏やかに眠ったままだ。
何度か、身体を揺らしてみた。そうするほどに、涙が止まらなくなった。
私は気づいてしまったのだ。
さくらがもう二度と目を開けてくれないことを。
いくら揺さぶっても、何の反応も変化もない。さくらはただここに在って、ついに命を閉じた。おそらくは、この花見を私にさせるため、峠を越えて生きていてくれたのだろう。
喪失感はどうにもならない。
だが、哀しみや寂しさばかりで送りたくなかった。
涙を堪えず、洟も垂れるに任せ、絶叫もせず、痛む心臓を握り潰し、私は告げた。
「……精いっぱい愛したよ。私にはこのぐらいしか与えてあげられなかった。またいつか会おうね。私は、さくらに会える日を待ってる」
愛おしさだけ。
その感情に偽りはない。
ふたりで過ごした短い日々を、どうか、忘れないで──。
最初のコメントを投稿しよう!