《さくらとの出会い》

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《さくらとの出会い》

 今から十年前、私はあの子に出会った。いや、出会ったというのは少し語弊がある。見かけたのだ。写真を。それを見て、添えられている文言を読み、心を揺さぶられた。  写真は、町内にあるディスカウントストアの壁に貼られていた。 《犬を譲ります》  ポップ体で書かれた一枚の紙。いかにも不安げな眼で写真に写っていたのは、決して若くはないゴールデンレトリバーだった。  読んでみると、犬の年齢は十七歳五ヶ月だという。とても人に譲れる年齢ではない。前に機会があり、調べたことがあったので知っていたが、ゴールデンレトリバーの寿命は十歳から十二歳。十七歳半ともなればハイシニアと呼ぶべき年齢だ。 《すごく穏和で育てやすいので、初心者でも大丈夫です。ご希望の方はこちらへ♪》  率直な思いは、死を看取りたくないから処分してしまおうということだろうと思った。人には各々抱えている事情がある。やむを得ない理由により、看取れなくなったという状況にあるのかも知れない。だが、そもそも認知機能は正常なのか。散歩に連れ出すことはできるのか。何かの病気を患っていないか。このような不安を、全くの第三者である私が(いだ)く時点で、初心者が飼いやすい犬だとは思えなかった。  貼られている紙を見ながら、そこに書かれた番号に電話をした。どんな事情があるにせよ、ハイシニアで捨てられてしまう哀れな犬を見過ごせなかった。  電話には、まだ若そうな声をした女が出た。私は()(さき)()(あき)だと本名を名乗り、一度犬に会って、飼い主の話も聞きたい旨を伝えた。こちらの声はやや尖っていたと思う。老犬を手放す飼い主に怒りがあった。けれども冷静に話そうとしたから、感情の抑揚がない冷たい声になってしまった。
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