《さくらとの出会い》

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 私に吠えたててくる犬はポメラニアンだった。まだ若い。キャンキャン鳴いて、声が木霊し、鼓膜に響く。  その先に、廊下で横たわる老犬がいた。眠ってはいない。目は()いている。写真の子だと思った私は、ポメラニアンを無視して老犬の前に跪いた。 「この子ですね。名前は何と言いますか?」  訊くと女は壁に(もた)れかかって腕を組み、 「チップス。でも、理想通りにはならなかったわ。一円だって稼がなかった」  と言って老犬に冷ややかな眼を投げた。話によると、米国の雑種犬チップスは、対戦中の勇敢行為により、米陸軍から二つも勲章を授与されたらしい。富や名誉を運んでくれるようにと名づけたが、ろくな芸も覚えないままこの年になったと言って笑った。  私は犬の頭を撫でながら訊ねた。 「だいぶ老いているようですが、もう立つことも歩くこともできないのですか?」  それに女は、ただ一言、 「分かんない」  と答えた。  きっと若い犬に夢中で、散歩すらさせていないのだろう。食事は与えているが、あまり食さず、糞尿も寝たまますることが多いらしかった。
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