《さくらとの出会い》

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「どうして、この子を人に譲ろうとしたのですか?」  こう訊ねると、女は引っ越しをするのだと言った。次に住むマンションはペットを飼うことが禁止されている。小型犬ならどうにでも誤魔化せるが、大型犬となると人目につく。そうなれば散歩はまず無理だし、家の中に閉じ込めておくのも可哀想でしょうと言った。 「この子が死ぬのを、見たくないのではないですか?」  努めて冷静に、これを言った。女はくすっと笑う。 「ペットが死ぬのを見たい人なんていないでしょ。それに、引っ越し先で閉じ込めていたら本当に弱っていくだけだもん。この子に生きてほしいから、ちゃんとした人にもらってほしいのよ。そうすればもっと長く生きてさ、幸せになれると思ったんだ」  ()(べん)だ、と思った。捨てても殺してもいけないから、譲る形で処分しようという魂胆が見えている。けれどもこの女と口論しても意味がない。私は最後に一つ、質問した。 「動物を譲ったことで、こちらと関係を築こうという方が多くいらっしゃいますが、私がこの子を迎えるにあたり、それは拒んでもよろしいでしょうか」  すると女は、せせら笑うように答えた。 「引っ越し先は遠いのよ。やりとりするのも面倒だし、会いに行くのも面倒じゃん。一切関係持たなくていいし、もちろんお金も求めない。今日連れて行ってくれるなら、もうそれきり終わりでいいわ」
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