《さくらとの日々の中で》

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 十二月の下旬、よく晴れた暖かい午後だった。ほんの数百メートルでもいい。外の空気を吸ってほしい。私はさくらのリードに指示を出した。さくらは私の真横を、着かず離れずの距離を保ちながら歩いた。様々なにおいを気にもせず、ただ並び、家の周りをぐるっと周るだけ。半周でも良かった。一周できたらさらに良かった。たとえ挫折しても、思う存分褒めてやると決めていた。  しかしさくらは、一周では帰りたがらず、二周でもまだ不満げで、疲れた様子も見せずになんと五周も歩き続けた。こんなにも回復したのか。あれだけ動けなかった子が、楽しそうに2キロぐらいを歩いた。途中から私は涙が出て止まらなくなり、さくらがどんなに努力してこれだけの体力を養ってきたかと熱くなった。  そんな私は、周囲から見てよほど気になる存在だったのだろう。女子大生らしき女性が、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。さりげない仕草でティッシュを渡してくれる。私はそれを借りて一度と二度と(はな)をかみ、女性に礼を述べた。すると彼女は、まさに愛らしいという表現がしっくりくる笑顔で言った。 「その子、かなりの年齢だと思うけど、毛艶もいいし、愛されてるんでしょうね。うちにもシニアの犬がいるんです。多分、来年の春までもたないかも。その子みたいに散歩できたら、お花見に連れて行ってあげたいんですけどね」
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