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黒い髪はそのままに、彼女はベリーショートになっていた。 前髪を広いおでこの上の方でまっすぐに切りそろえ、柔らかそうで豊かな眉毛が丸見えだった。 赤い口紅以外はメイクをしていないように見える。それなのに20歳の頃より若々しいのは、肌の手入れが正しく行き届いていること以上に、恵まれた遺伝によるものが大きいことをよく表していた。 インタビュー記事だろう、文字の間に挟み込まれた写真をスクロールしてたどる。 口元に手をあてて笑う彼女。 目を見開いて驚いているような顔を見せる彼女。 何かを真剣に考え込むような表情の彼女。 華奢な手首に巻かれたアップルウォッチ。 セパレートした長いまつ毛。 アップに耐えうる毛穴一つない肌。 色のついていない爪。 ゆったりとした黒いワンピース。 消えていない、ウサギのような佇まい。 スマホ画面に次々と現れる彼女を、私は一つ一つ、点検するかのようにじっくりと眺めた。 我に返って時間を確認すると、1時間も経っていた。 インタビュー内容も読まず、数枚の写真を見るだけで1時間も使っていたのだった。彼女の姿を追いかけることに使った一時間は、誕生日の24分の1。だからもう、今日は彼女を思わない。そう決意して画面を閉じた。記事はでも、いつか、ものすごく暇で元気なときに読もう。 その翌日、バイト帰りにドラッグストアに立ち寄った。 いつも使っている698円の化粧水じゃなくて、1200円の美白化粧水を買った。ニベアの青缶じゃなくて、美白化粧水と同じメーカーの1600円のクリームを買った。ちふれの美容液じゃなくて、1980円の美容液を買った。 財布から紙幣を取り出す段になって、今日一日の労働の半分以上をここで使ってしまうことに罪悪感を覚えた。だけどその気持ちに気づかないふりをした。 普段はシャワーだけで済ますのを、ちゃんと湯船に浸かった。8時間立ちっぱなしで浮腫んだ足をマッサージした。 風呂から出、買ったばかりの化粧品や美容液やクリームを、いつもの3倍以上の時間をかけて顔に塗り込んだ。 布団に入り天井を眺めながら、寝てしまったら今日が終わってしまうと、とても当たり前のことを思った。当たり前なのに、その事実は私を小さく傷つけた。何もしていない今日が終わるのは、自分の人生をドブに捨てている感覚だ。 だけど睡魔に負けて、まぶたを閉じる。意識を手放す寸前、違う、やったじゃないか、と声がする。 今日は湯船に浸かった。 いつもよりいいものを使って丁寧にスキンケアをした。 よくやった。大丈夫。 そうか、大丈夫なんだと安心して落ちていく。
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