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「西田さんって、下の名前なんて読むんですか?」 バックヤードでシフト希望表に予定を記入していると、私の手元を覗き込みながら小芝さんが訊いた。 「けい……みやこ? と?」 「けいと」 「へぇ、〝けいと〟かぁ。珍しい名前ですね」 「父親が」 言いながら、シフトの希望表を所定の位置に戻す。背筋を伸ばして小芝さんの方を見ると、やっぱり小芝さんは、どこか泣きそうな顔をしていた。 私は、誰かの「あいたいひと」でもないし「気になる人」でもない。その当たり前を、小芝さんの顔を見ながら確認している。チェック欄にレ点を入れるような、それはとても事務的な感覚だ。 「父親が、ケイト・ブランシェット好きだったから」 生まれて初めてついた嘘は、ぐわんぐわんと耳に響いて、やがて小さな耳鳴りになる。 彼女もこうだっただろうか。今はもうないあのブログのプロフィール欄を書いたとき、ねぇ、どんな気持ちだった? 「……え、誰ですか?」 眉間にシワを寄せる小芝さんに、私は慎重に笑いかける。 「ううん、なんでもない」 私は彼女になりたかった。なれないとわかっていても、なりたかった。 だけど今はもう、そんなふうに思わない。憧れは消えて散ってどこにもない。そのかわりに、こう思っている。 彼女は哀れだ、と。 その思いにだけすがって私は生きていく。生きている。 その自分も哀れだから。私も彼女も、きっと同じだから。 〈了〉
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