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「景都」と書いて「けいと」。 読みが同じ「毛糸」から派生したのだろう、子どもの頃は「毛玉」と呼ばれて男子からよくからかわれた。からかいたくなる気持ちもわかる。へんてこな名前だし、私はかわいい女の子じゃなかったから。 普通がよかった。もっと普通の、よくあるような名前をつけてくれれば。そう何度となく思った。 物心つく前に両親が離婚し、以降、母と二人暮らしだったので、名付け親である父にその由来を教えてもらう機会はなかった。母の前で父の話題は厳禁だったので、母に由来を聞くこともなかった。 彼女も、子どもの頃に名前のことでからかわれたりしたんだろうか。 そのことが知れるかもしれないという期待もあった。知ったところでどうだって話なんだけど。 彼女のプロフィール欄には「大学生・ブロガー」とあったから、対談を立ち読みしたその日の夜、私は携帯電話の小さな画面にその名前を打ち込んだ。 彼女のブログはすぐに見つかった。 「カクショクジンセイ」だか「カクショクライフ」だか忘れたけれど、とりあえずそんなブログ名だったと思う。東京生まれ東京育ちの彼女は、東京中、ときには地方にも遠征しつつパン屋をめぐり、そこの食パンについてブログを書いていた。 いくつか記事を読んでみたけれど、「だ・である」調の評論めいたものからポエム調のものなど定まらなくて、読んでいるうちに頭がヘンになりそうだった。 だけどその定まらなさが、小さくて丸くて幼くて、だけどハッとするような赤い爪で「子どもじゃないのよ」とこちらを刺してくる彼女のイメージに合っていて、「彼女がこれを書いているんだ」と腑に落ちた。 記事には必ず写真も添えられていた。 青い空を背景に角食を手に持っている構図が多かった。パンを紹介するブログだけど、写真は必ず空をバックに撮ったその1枚だけで、説明の大部分は文章に担わせていた。自分の文章に自信があること、自分の文章に価値があること。彼女はそれをよく理解しているみたいだった。 写真に写り込んだ彼女の指には、毎度違う色のネイルが施されていた。 薄い緑、深い青、クレヨンみたいな橙色。読んだ記事の中に、雑誌で見た赤いネイルはなかったけれど、きちんと甘皮を処理した形のいい爪に潔く一色。 携帯電話のボタンを操作する自分の指が目に入った。 子供の頃、爪を噛むクセがあった。母や学校の先生に注意されてだんだんマシになって、その悪癖はもうなおっていたけれど、その影響なのか私の爪はいびつな形をしていた。 円のように丸い爪もあれば、左右の辺の長さが違う四角形、台形を逆さにしたみたいな爪もあった。こんなぐちゃぐちゃな爪にネイルなど塗る気にもならず、私は一度も爪に色を付けたことがなかった。 自分の爪がかわいそうで、とりあえず爪を切ってみた。 彼女の爪みたいに、きれいな形になるように。だけど切れば切るほどおかしくなって、ただの、人生最大の深爪になっただけだった。 『角食は礼儀正しい。 アイロンをしっかりかけたシワのないシャツ。 ボタンはもちろん、一番上まで止める派。 背筋を伸ばし、ハンケチーフを持ち歩く。 角食は私の、理想の男の子』 「角食」という言葉は知っていたけれど、普通に生活していて聞くことも発することもない言葉だった。「山食」という言葉も多分知っていて、だけどそれも同じ。「角食」と「山食」を、言葉にして使い分ける人っているんだろうか。「食パン」でいいんじゃないか。 彼女のブログを読んでいて、私が抱いたのはそんな感想だった。 お気に入りに入れることなく、終了ボタンに指を重ねる。瞬間、プロフィール欄が目に入った。
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