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生まれて初めてできた恋人は、2つ年上の人だった。
アルバイト先で出会った〝山本くん〟は、明るくて優しくて、私とは色んなことが真逆な人だった。真逆な山本くんが、どうして私を選んだのかはわからなかった。だけど、誰かから「好き」と言われることに悪い気はしない。なんの疑いもなく告白を受け入れ、2年と経たず別れた。別れた後で気がついたのは、私がただの「つなぎ」だったということだ。
山本くんはモテる。20代半ばでフリーターでも、明るくて優しいからよくモテた。彼女を切らさない彼の人生のほんの一時に、私がすぽんと落ちただけだった。
私は、山本くんが「けいとちゃん」と呼ぶ声が好きだった。明るくて優しい男の人が、私の名前を大切なもののようにして発音してくれるのが好きだった。
山本くんと付き合っていた2年弱の間は、私は彼女のことをあまり思い出さなかった。だけどふとしたとき──日常をはみ出した幸せを感じたときや、その反対にあるとき──、脳みその0.2%くらいで、彼女のことを考えた。
彼女も恋人から「けいとちゃん」と呼ばれているのだろうか、と。自分の名前を愛おしく感じるのだろうか、と。彼女の恋人はどんな人だろう、と。どれくらい大切にされているのだろう。どれくらい愛されているのだろう。
山本くんと別れて以降、私には恋人ができなかった。
彼女はどうだろうか。いつも恋人がいるのだろうか。明るくて優しい男の人から、大切なもののようにして名前を呼ばれることが、彼女にはあって当たり前の日常なんだろうか。
山本くんが私を呼ぶ声が思い出になり、ただの記憶になり、いつしか本当にあったのかすら疑わしいほど遠くなり、それすらもなくなって完全に消えてしまうと、私は彼女の不幸を願うようになった。
おかしな男に振り回されていればいい。浮気されていればいい。いや、恋人なんていなければいい。私のように、誰にも選ばれないまま年月を重ねていればいい。
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