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店内にはモダンジャズが流れ、店員はまるで決められた機械のようにホールとキッチンを行き来していた。テーブルはまばらに女性客で埋まっている。甲高い声は店内のSEとして同化していた。隅にはノートパソコンに移るチャートとにらめっこしている男性客がおり、入り口から遠いテーブルに麗子と雅人はいた。
「こんな寒いのにコーヒーフロートなんて飲むんだね」
「好きなんだもん」
麗子はアイスを一口啜って口に運んだ。
「雅人はブラックなんて大人だよ」
「そう?美味しいよ」
雅人は音を立てずにコーヒーを啜った。
「それで、麗子は今何してんの」
ロングスプーンを置き、雅人は問いかける。
「えー……。何してんだろう」
麗子は眉を下げながら困ったように笑っている。ポリポリと頭を掻きながらきょろきょろと周りを見渡した。雅人にとってはなんてことない話題だったが、麗子はどう答えたらいいか迷っていた。
「なんにもしてないよ」
麗子はグラスをロングスプーンでかき混ぜる。ぐにゃぐにゃっとグラスの中でアイスクリームとコーヒーが混ざり合う。雅人はグラスの中の様子をちらっと見た後に、麗子の目をじっくりと見つめた。麗子はその様子を見て保健室の先生を思い出した。どこを怪我したの。痛いところはないかと聞かれているように感じた。湖のように深い瞳に麗子は吸い込まれそうになる。
「そんなに見つめても何も出ないよ?」
ほんのりと苦い香りが漂うテーブルの空気を変えたくて麗子はおどけて見せたが雅人の様子は変わらない。ただじっくりと麗子を見つめるだけだった。氷が溶けてカランとグラスが鳴る。それを合図に麗子は口を開いた。
「今は……本当に何もしてないよ。大学は休学してる」
麗子は続ける。
「私だけ取り残されてるような気がしたの。周りの友達はバイトとか、勉強とか、サークルとか恋愛とか……。うまく言えないけどちゃんとみんな生きているんだなって思ったの。なんかそう思ったら何のために大学通っているのかわからなくなっちゃって」
麗子は雅人の顔の少し奥をぼんやりと眺めながら話した。乾いた喉を潤わせるためにストローに口を付けた。
「それで今ここにいるってわけ」
ことりとグラスを置いて麗子は目のピントを雅人にしっかりと合わす。難しい本を読んでいるかのような真剣な眼差しをすっとほどいた後、雅人は満足そうに頷いて口を開いた。
「なんだか変わらないね」
「な、なにが」
思ってもいない返答に麗子は目を丸くして驚いた。
「おしゃべりなところ」
「雅人が喋らないだけだって」
「そんなことないよ」
雅人は困ったように笑い、そんな雅人の顔が可笑しくて麗子も笑う。二人の会話もまた店内の効果音となって溶けていった。
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