1、最悪のバレンタイン

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 杏樹がもう一度呼び鈴を押すと、扉の向こうでドタバタと足音が聞こえ、「Qui est-ce(だれ)?」と呼びかけられた。間違いなく健司の声だと確信して、杏樹は日本語で叫んだ。 「わたし! 杏樹です! 昨夜、飛行機が遅れて……」  「え?……杏樹? マジ? なんで?」  なんでって約束していたじゃないのと杏樹が眉を顰める中、扉の向こうは妙に慌ただしい。しばらく待たされてようやく扉が開くと、上半身裸の健司が呆然とした顔で立っていた。  ……なんで裸?  「杏樹は来ないって聞いて……」 「ええ? 誰に? わたし、昨日の夜遅くに空港について、ずっと電話したんだけど……」 「電話……」 「空港出たら無料WiFiがなくって、今まで電話できなかったの。だから、突然来ることになってごめんなさい」     健司の表情がみるみる蒼白になっていき、杏樹は不安に駆られる。 「……約束、してたよね?」     下から覗き込むように見上げれば、健司が緩く頷いた。 「う、うんでも……美奈ちゃんが……」 「美奈ちゃん?」
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