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「杏樹には特に話はないんやな? だったら行こか?」
「う、うん……」
杏樹が頷いて一歩を踏み出したところ、諦めの悪い美奈子が食い下がる。桜井の手にある、ショッパーを指さして言った。
「なによ! 高いバッグをいくつも貢がせて! それがアバズレでなくてなんなのよ!」
「僕はオカンにお使い頼まれて、一人で来るの恥ずかしいから付き合うてもろたんやけど……バッグ買ってもらったらアバズレってすごい論理やな? もしかして、そこの彼氏は君に何も買ってくれへんかったん?」
桜井が視線を健司に移して問えば、健司が微かに首を振った。
「べ、べ、別に俺たち付き合ってるわけじゃない、ただの幼馴染だから……」
桜井は眼鏡の奥の目を少し眇め、形のよい唇の口角を僅かに上げた。
「あ、そうなんや。……もしかして、杏樹見て惜しくなった? そこらへんのアルファベット三文字四十いくつのアイドルよりも可愛いもんな。でも残念やなー。覆水盆に返らず、って言うねん。旅先での決定的な失敗は、挽回不能や」
桜井はそう言って、杏樹の肩を抱いてその場を後にする。その背中に美奈子が叫んだ。
「なんなのよ! ダサ眼鏡の上に漫才師みたいな喋り方してー!」
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