16、杏樹の事情

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「……オカンにも兄貴にも、もう少しマトモなものを着ろとは言われてる。だが、何がマトモで何がマトモでないんか、俺にはわからへんのや。スーツの時は相手に失礼があってはいかん思うて、オカンの選んだのをそのまんま着てるけど」    ――そうか! スーツ姿がカッコイイのは、お母さんのセレクションだからなんだ!   杏樹は目から鱗であった。――私服もお母さんに選んでもらえば……いや、でもそれはマザコンぽくて嫌だな……      俯きがちの横顔を隠すように、太縁の眼鏡のツルが横切っている。どうにも垢抜けないチェックのネルシャツに、だぼっとしたマウンテンパーカー。  中身がイケメンで、フランス語もペラペラで中国語も、たぶん英語もいける超エリートなのに、みんな眼鏡と服装のデバフ効果で気づいてない。  そう考えると、杏樹はちょっと楽しくなって、くすっと笑って桜井の腕に腕を絡ませる。  ――釣り合わない相手かもしれないけど、パリにいる間だけなら甘えてもいいよね?   「杏樹?」  「私服ダサくても、わたし桜井さん好きですよ?」 「その破壊力満点な顔で、俺の理性を試すはやめなさいって」 
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