18、釘を刺される

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 生身の裸体を見たことがないわけではない。彼の上に無理矢理(またが)って、勝手に服を脱ぎ始めた女はいたから。だが、その時は何も思わなかった――厳密には、勘弁してくれよ、と思った――し、当然ながら彼の肉体は反応しなかった。そのせいで、彼は女に不能(インポ)だと決めつけられ、自身でも半ば信じていた。そして、それを理由に異性から遠ざかり、千二百年前の手書き文書(スクリプト)に埋もれた象牙の塔に逃げ込んでいた。    学会をサボって街に出ようとしたあの朝、何気なく目に入った辛子色のコートを着た小柄な背中。肩を過ぎるくらいのまっすぐな栗色の髪と、骨格や物腰から日本人だろうと直感した。スーツケースのコロが石畳に挟まって悪戦苦闘している姿に、どうしようもなく危ういものを感じ、地下鉄に乗らずに後を追う。
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