18、釘を刺される

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 走って行って「手伝いましょう」と声をかければいいのだが、陰キャの悲しさで、そんな勇気がなかなか出ない。躊躇しているうちに、桜井の脇を駆け抜けた黒いジャンパーの男が、辛子色の背中を突き飛ばし、バッグを奪って逃走した。慌てて後を追うが、本気で追いついたところで、反撃されればまず、勝てない。桜井はひったくり犯の背中を見送るしかなかった。  ――俺がもっと早く声をかけていれば!    痛恨の極み! 桜井は慌てて駆け戻り、辛子色を助け起こして――運命が変わる瞬間があるとすれば、あの時だったかもしれない。  ぱっちりした鮮やかな目もとに長いまつ毛、通った鼻筋、可憐な唇。完璧なパーツが完璧に配置され、それでいて可愛らしさも兼ね備えた美少女。透明感あふれる陶器のように白い頬に薄っすらと赤みが差し、みずみずしい果実のように全体が煌めいて見えた。生身の美少女が! 膝から血を流している!    こんなアイドル顔負けの美少女を、一人で異国に放置などできない。間違いなく売り飛ばされる。その確信があったからこそ、桜井はすべての予定を放り出してできる限りの手を打ったのだ。そこに、見返りを求める気は全くなかった。
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