18、釘を刺される

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 ――異国で助けてくれた男に向ける、一時の感情に付け込むべきでない、という常識的な桜井Aと、くれるって言ってんだからもらっちまえよ、という欲望に忠実な桜井Bの狭間で揺れる男が、数か国語を操る優秀な頭脳を高速回転させて、とりあえず導きだしたのが、その何の解決策にもならない答えだった。要するに、先送りにしたのである。     二十歳の杏樹は、二十八の桜井から見れば、おそろしく子供で、びっくりするほどものを知らない。彼女の幼さと愚かさに付け込むべきでないと、常識人の桜井の理性が歯止めをかける。その一方で、腕を絡めた時に押し付けられる柔らかな感触は、桜井の半ば眠っていた男の本能を呼び醒まし、理性の限界に挑んでくる。  『顔が赤いのは、桜井さんが好きだからです!』  ワインの酔いと、旅先の解放感。国宝級美少女(しかも処女)からの告白。  これで陥落しない男がいたら、ただの不能(インポ)である。  ――俺は平凡で健康なただの男なんやから、しょうがない。  結局、「可愛い」の前に理性は脆くも敗北を喫した。        ひとたび嵌れば、その沼には底がなかった。
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