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19、近づく別れ
観光客でごった返すルーブル美術館。モナリザの前は行列ができていた。他にもどこかで見たことのある有名な絵画がたくさんあって、もっと知識があったら――博識な桜井なら、もっと楽しめたのだろうか。
ルーブルの近くにある図書館に行くという桜井と別れ、広大な美術館を一人で歩き回って、足が重く、疲労と孤独が押し寄せてくる。
――今頃、漢字ばっかりのゴミ文書を読んでるのかな。
一緒にいる時よりも、彼のことを考えてしまう自分に、杏樹は苦笑した。
待ち合わせはガラスのピラミッド前で四時。杏樹はカーディガンの袖の下に隠した、左腕の時計を見る。杏樹の細い腕には明らかに不似合いな、大きくてごつい男物の腕時計。
ふいに、昨夜の祖母との会話が蘇って、杏樹は右手でぎゅっと時計を握り締めた。
情事の直後にかかってきた電話。
時刻とぎこちない様子から、敏い祖母には二人の関係に気付かれてしまった。――電話に出た時の桜井の声は、傍で聞いていた杏樹の身体が疼くほどに色っぽかったから、きっとそのせいだ。
祖母は、昔から杏樹の身持ちにすごく、すごくうるさかった。
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