19、近づく別れ

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「むむ……」     祖母の正論に、杏樹が口ごもる。 「お、おばあちゃまだって……パリで、おじいちゃまを好きになったんでしょ?」 『杏樹……』  それが、禁句だとは知っている。でも、反論せずにはおれなかった。 「わたしから、頼んだの。どうせ健司に上げるはずだった処女だもの。桜井さんにもらってもらいたかった。いけない?」 『杏樹……おばあちゃまはね……』  「べつに、桜井さんと結婚したいとか、思ってない。すごいお金持ちの次男坊みたいだし、わたしみたいな外国の血が入った女じゃあ、きっと無理だと思うの。……でも、パリにいる間だけでも、それでもいいって思って――」   電話口で泣き出した杏樹に、祖母はそれ以上、何も言わなかった。  ――祖母が桜井に電話して釘を刺しているだなんて、杏樹は想像もしていなかった。       クロークでコートを受け取り、待ち合わせのピラミッド前に立つ。  パリの夕暮れは早く、すでに陽が翳っていた。 「杏樹」  呼びかけられて、見上げればいつもの黒縁眼鏡にベージュのマウンテンパーカー姿の桜井が立っていた。
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