20、最後の夜*

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20、最後の夜*

 チケットも無事に確保し、パリでの最後の夜を迎えた。  桜井は時々、杏樹に何か言いかけてやめてしまったり、どこか屈託した様子で、杏樹も少し不安になる。 (――この関係はパリにいる間だけだから、日本に帰ってからも続くと思うなよとか、そういうのを言おうとして、でも優しい人だから言えなくて困っているのかな?)  パリにいる間だけの恋人なのは覚悟の上だけれど、借りたお金は返さなければならない。買ってもらった財布とトートバッグは(お父さんのカードらしいから)いいとして、昼食代や交通費などで三百ユーロほど借りている。 「雅煕さん、三百ユーロ、日本に帰ってから日本円で返したらいい? 後で住所か、振込先教えてください」    最終日だからとちょっと豪華な星付きレストランで、少しだけドレスアップして出かけ、シャンパンを開けた。――つまり桜井はスーツである。酔っぱらう前にと、アミューズの鴨のテリーヌを食べながら杏樹が言えば、桜井は露骨にいやそうに眉を顰めた。 「別に返さんでええよ」   「全然、よくないです。ご飯も全部ごちそうになってるし、申し訳ないし、おばあちゃまにも叱られるし……」
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