20、最後の夜*

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「そうや。しかも、財団の金で買うて、婚約者には貸すことにしたんや。ケチくさって俺が言うたらさ、『そんなクソ高いもん個人でもろても迷惑や。文化事業の名目で財団で買えば税金対策にもなり、彼女はいい楽器が使えて、俺は恩を売れる。一石三鳥や』やて。そんな家に、三百ユーロ返します、なんて現金書留が送られてきてみぃや。俺一生、兄貴に馬鹿にされるやん」    桜井家が桁違いの金持ちであるのは間違いないらしい。北川の祖母もそれなりの資産を持ってはいるけれど、規模が違う。 「でも……」    まだ納得しきれない杏樹に桜井は躊躇いがちに言った。 「俺には学歴と親の金しか取り柄はないし……」 「え、そんなことはないでしょう」  少なくとも、(眼鏡を外せば)イケメンだし、数か国語喋れるし、背も高い。眼鏡と服装のデバフ効果が高すぎるだけで。  杏樹が否定するが、桜井は自嘲する。 「パリにいる間は便利やろけどな。フランス語喋れるし、金はあるから。でも日本帰ったらただの、無職のオタクや」 「そんなこと……」  
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