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「僕は桜井っていいますねん。桜井雅煕。桜に井戸の井ぃに、マサは雅で、ヒロは康熙帝の煕――」
「コーキテイ?……て、何ですか?」
しかし、漢字の説明をさっぱり理解しない杏樹に聞き返され、男は苦笑した。
「後で名刺上げるさかい。で、君は?」
「わたしは、杏樹。北川杏樹です!」
「アンジュちゃん。……言いにくいな。安寿と厨子王の安寿?」
「アンジュトズシオー?」
「森鴎外の」
「モリオーガイ? オーム貝の仲間か何か?」
「……ごめん、君とは生息する語彙の世界が重ならへんようや……」
男がごわごわの頭をかきながら、えらい困ったなあ……と小さく呟く。その様子に、杏樹はこれ以上面倒はかけられないと、名前の漢字を自分で説明した。
「杏の樹と書いて、杏樹です。呼びにくいから、呼び捨てにしてください。桜井さんの方が年上でしょうし」
「そっちの字か……初対面の女の子を、いきなり呼び捨てにすんのもなあ……」
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