2、ダサ眼鏡桜井

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 桜井と名乗った男は、杏樹のようなタイプの若い女とのやり取りに慣れないのか、しばらく戸惑っていた。だが、桜井は素晴らしく頼りになる男であった。現地の人から警察署の場所を聞くや、すぐにタクシーを拾って十六区の警察署(コミッサリア)に乗りつける。何の変哲もない白いビルの一角にフランスの三色旗が掲げられて、辛うじて公的機関とわかる程度の、地味な建物だ。  日本ですら警察に縁のなかった杏樹は、警官たちが早足に行き交う様子を眺めながら、緊張に身を強張らせていた。  流暢なフランス語を話せる桜井がいてくるおかげで何とかなっているが、杏樹一人だったらどうなっていたことか! 杏樹はダサ眼鏡を拝みたい気分になっていた。    水色のシャツの上に「POLICE」と白い文字で書かれた紺色の防弾チョッキを着た警官が事情聴取にきたので、ひったくりに遭い、突き飛ばされて転んだと説明し、すりむいた膝を示す。まず証拠として写真を撮り、それから、救急箱を抱えた女性職員が消毒して応急処置をしてくれた。その間、フランス語で警官とやり取りしていた桜井が、おもむろにバックパックからノートパソコンを取り出し、起動させる。
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