23、皐月の茶会

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 苑子は現在、北川家の収集した古美術品を所蔵、展示する柳園齋(りゅうえんさい)美術館の理事長をしている。だが、指定の品は美術館の所蔵品ではなく、苑子の私物であった。以前、奥様雑誌の取材で茶会を開いた時、花入に用いたのを目にしたらしい。    一応、清代の景徳鎮であるから品物は悪くはないが、美術館で展示するほどではない。断る理由も想いつかず、苑子が了承すると、「花入」の所有者として是非、茶事に、と招待されたのだ。  ――面倒な。  五十二年前、まだ当主を継承する前の四郎左衛門から、婚約の直前で苑子はフランスに逃げた。お互い別の相手と子供もなし、孫もいる。今になってなんだと言うのか。    自身の荷物は秘書の丹羽(にわ)に預け、自分は花入の木箱を風呂敷に包んで大事に抱え、苑子は新幹線に乗った。  茶会は十一時開始であるが、「花入」を渡す必要から苑子は十時半に和泉家本家に着くように指定された。茶会の準備でざわつく広間ではなく、家族のプライベートなスペースに通される。――五十年を経て、邸宅はだいぶ改装されているようだ。
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