25、断れない縁談

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25、断れない縁談

 二月にパリから帰国して、杏樹は沈みがちの日々を送っていた。   「サクライという男には、あたくしからお金も返した。もう、あの男のことは忘れなさい」    祖母にはそう、はっきりと釘を刺された。  旅先で出会った二十歳の小娘に手を出す二十八の男なんて、ロクなもんではない。電話の様子も優柔不断で、深い覚悟があるようには見えなかった、と。 「健司は、昔から杏樹が好きだと思っていたのに、まさか、土壇場で美奈子に転ぶとはね。……でも、所詮、その程度の男だったと、付き合う前にわかってよかったのよ」    茶道具の点検をしながら、祖母が切り捨てる。――自分はパリで道ならぬ恋を貫いたくせに、だからこそなおさらか、祖母は杏樹の恋を厳しく監視し、奔放に流れることを許さない。 「お前の母親が女優になると言ったとき、家に閉じ込めてでも止めるべきだったと、今でも後悔してるわ。杏樹、お前だけはちゃんとマトモな結婚をしてほしいの。それだけがあたくしの望みなのよ」
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