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その日は、本当にツイていなかった。
前夜遅くにシャルル・ド・ゴール空港に着いて、入国審査を済ますあたりまでは、本当にウキウキしていたのに。
初めての一人旅。初めてのパリ。初めての――
そして北川杏樹二十歳は、今、異国の地で生まれて初めてひったくり被害に遭い、真冬の冷たい石畳の上で見事にすっころんで呆然としている。
「誰か! あたしのバッグ! ドロボー!」
とっさに日本語で叫んでから、ここは日本じゃなかったと杏樹は思い出す。でも、混乱した頭ではフランス語なんて、一っ言も浮かびやしない。
それでも、日本語の叫び声に反応して、誰かが倒れ込んだままの杏樹の脇を駆け抜け、ひったくり犯を代わりに追いかけていく。ベージュの上着がバサリと翻り、かなりの長身なのか後ろ姿の足が長い。
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