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――本当にごめんなさい。ダサいとか思っちゃって――
心の中で再度詫びながら、杏樹は盗難届に名前や住所を書きこんでいく。
「……すごいな、日本語のフォームもあんねんなー。ぎょうさん、カモにされてんのやろなあ……」
「やっぱり、日本人だからって狙われるんですかね?」
「そら、ぼーっと歩いてる日本人多いしなあ」
待つことしばし、警察署が発行した公的な証明書を受け取って、桜井が言った。
「この書類、パスポートの再発行や、保険の請求に必要やさかい、失くさんようにしいや」
「は、はい!」
杏樹はそれを大事に畳んで、しかし、バッグも何もないので、とりあえずコートのポケットに入れた。
警察署を出た時点で正午をとっくに回っていた。――深夜に空港につき、ベンチで夜明かしした杏樹は時差と睡眠不足で、早くもフラフラだ。桜井が左腕の時計を見て、呟く。
「腹減ったな。――どっかで何か喰わんと……」
何気なくその腕時計を覗き込んで、杏樹は「ん?」と思う。銀色に輝く八角形のケースと、文字盤の周囲の八つのネジ。
(――この時計、見たことがあるような……)
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