25、断れない縁談

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 おかげで森鴎外(モリオーガイ)は人の名前で、オーム貝の仲間でないと知ったし、レバノンの位置も把握した。将来のことを少しずつ考えないといけないことも。――恋をして、杏樹は確実に一つ、大人になったと思う。  街中でオタクファッションの男とスレ違うたびにドキドキしちゃう程度には引きずっているけど、いずれちゃんと浮上できる、はず――         五月の連休も終わり、その翌週に、祖母が何かの茶会だと言って留守にしている週末の夜。突然、母屋の大叔父に呼び出された。  成城にある北川家の屋敷はかなりの広さで、離れで暮らす杏樹が当主の大叔父と顔を合わせるのは、一年に一回、正月の挨拶くらいである。 「叔父様が? 今から? いったい何のご用?」     呼びに来た女中に尋ねても、答えははかばかしくない。 「とにかく急ぎだとおっしゃって」 「急ぎ……」  すでにタンクトップに短パンの部屋着で寛いでいた杏樹は、そんな格好で叔父の前に出るわけにもいかないので、大急ぎでギンガムチェックの前開きのワンピースを着て、女中の後に着いて行った。
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