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「だって、直前でいきなりフランスに逃げた女には、何も報復はなかったのよ? ――まあ、あたくしたちは正式に婚約してたわけじゃないけど。あの人は何もなかったように、別の相手と結婚したわ。正直、拍子抜けしたくらいよ。……有賀電機の時は、正式に婚約していて、白紙撤回のはずが破談になったのよね、たしか。業務提携が打ち切られて、株が投げ売りされて暴落したんだったわ。……真一郎も勝之も、すっかり怖気づいちゃったのね。情けないこと」
祖母はそう言いながら、荷物の中から包装された箱を取り出す。
「京都久しぶりだったから、あれこれ買っちゃった!……ほら、これ、お土産!」
祇園の老舗かんざし屋の包みを受け取って、杏樹が礼を言う。
「あ、ありがとう……でも、今はそれどころじゃないんだけど……」
それでも祖母に言われて包を開けば、縮緬の摘まみ細工の花かんざしが現れる。赤い小花と白い小花が可憐で、垂れ飾りが愛らしい。
「可愛いでしょう? こんどお着物着るときに使いましょ。帯飾りにしても素敵ね」
杏樹はそれをしまい、ため息をついて座卓の上に置いた。
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