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杏樹が時計と桜井の顔を見比べている間、桜井は杏樹のスーツケースと、杏樹のすりむいて破れた膝を見比べていた。
「先にホテルに荷物置いて、着替えた方がええんちゃう? どこに泊まる予定やってん?」
尋ねられて、杏樹はあっと思う。
「えーと、宿は予約してなくて――知り合いの家に泊めてもらうつもりだったんです。でも……」
「知り合いってのはつまり――」
杏樹はどこまで説明していいかわからず、視線を泳がせる。
「その……他に、女が――」
朝の情景を思い出して杏樹の目にジワリと涙が溢れ、桜井が何かを察して気まずそうに視線を逸らす。そして頭を掻きながら言った。
「うーん……それやったら、僕の泊まってるホテルに行ってみる? お金もパスポートもない状態では、一人ではどうしょうもないやろ? お金は僕が貸すし」
「そ、そこまで甘えるわけには……」
さすがに遠慮する杏樹に、桜井が言う。
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