28、衝動的な逃避行

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28、衝動的な逃避行

 五月の半ばに注文した夏用の振袖、大至急、という注文通り、六月半ばには仕上がってきた。  翡翠色の地に流水と撫子(なでしこ)の花を散らした豪華な加賀友禅。祖母が手持ちの帯のどれが合うかと、あれこれ並べているのを見ても、心はどんどん沈んでくる。  どうしたらいいんだろう?  もう、逃げられない?  追い詰められた気持ちで、それでも大学に行こうと駅に向かう。定期が切れているのに気づき、券売機の前で財布を取り出す。財布の中に雅煕の名刺を見つけて、息を飲んだ。  裏側に書かれた住所と、スマホの番号。  京都市西京区嵐山――    杏樹は無意識にいつもと違う電車に乗り、気づいた時には京都に向かう新幹線の中にいた。    一人で新幹線に乗るなんて、初めてのこと。  平日の朝の下りの「のぞみ」は、出張に向かうビジネスマンでそこそこ席は埋まっていた。    ――わたし、何してるのかな。  二月から四か月も連絡一つ入れないで、突然、押し掛けるなんて。    せめて電話をと、杏樹はデッキに出て、震える手でスマホの番号をタップする。  だが、雅煕は出ず、むなしくコール音だけが続く。
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