28、衝動的な逃避行

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「若様……。お部屋のご用意はできておりますが」  「あ、ああ。ぼ、僕が泣かしたわけやないで? たぶん……」  慌てて釈明してから、杏樹に声をかける。 「杏樹、立てる? 行こ?」  抱き起こされるように立ち上がると、男性が丁寧に頭を下げる。 「当ホテルの支配人、東郷と申します。お部屋にご案内申し上げます」 「……若様?」    思わず聞き返してから、杏樹は涙をパシパシと弾くように目を瞬いた。 「今、若様って言った?」 「あーうん、まー……その……ここ、うちのホテルやねん。社長は叔父さんで、身内価格で泊まれるんや」  雅煕がぼりぼりと頭をかく。杏樹の肩を抱いて、支配人の後に続いてエレベーターに乗る。 「十六階はエグゼクティブ・フロアですので、キーを差してからボタンを押してください」  説明されて着いたのは、東山連峰を一望できるスイートルーム。生憎の雨で山には靄がかかっていたが、杏樹は窓の外に広がる風景に息を飲む。 「すごい……!」  「何かお飲み物でもお持ちしますか?」 「あー、いや、冷蔵庫に何か入っているよね、それでええわ。また何かあったら電話するさかい」
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