29、ダサ眼鏡の若様

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 街路樹の脇に目当ての車を見つけ、大股で近づきながら雅煕がネガティブシンキングに囚われていた時。  再びスマホが振動し、慌てて取り出す。  ――さっきの、見覚えのない番号。ドキンと心臓が波打つ。  知らない番号からの着信があるたびに、彼女ではないのかと、淡い期待を抱く自分が憎い。いい加減に諦め――  「もしもし?」  『あ――』  スマホからのか細い声に、雅煕の全神経がざわりと逆立つ。この声、聞き間違えるはずもない、彼女の―― 「杏樹?」  『あの――』 「杏樹やろ? 今どこにおんの?」    必死だった。たとえそこがブラジルでも、俺は今すぐ駆け付ける! そんなつもりの問いかけに、しかしスマホの向こうの声が言った。 「――京都」  京都! 京都のどこやねん――!   雅煕の耳は、駅のアナウンスを拾う。――この音は新幹線のホームや!  ちょうどそこで車の前に着き、運転手の三崎が後部座席のドアを開けて待っていた。  慌てて乗り込むと、三崎が言う。 「嵐山(あらしやま)の本邸にお帰りになりますか? それとも研究室に?」 
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